先制医療は、神戸先端医療財団の井村先生が会頭をされる29回医学会総会のテーマの一つの柱になっている。病気のリスクを探り出して、早期に手を打つことができれば、個人にも社会にもメリットが大きい事まちがいない。ただ問題は、どの程度正確にリスクを判定できるかだ。もともと生活習慣病となると、読んで字のごとくで生活習慣が発病に強く関わっており、リスク判定を待たず、誰もが努力すればいいことだ。ただ、節制が難しいから生活習慣病になる。できれば、危ないと警告でもあるとその気になるかもしれないと思って、遺伝子検査を受けることになる。今日紹介するハーバード大学を中心とする国際チームからの論文は、この問題に取り組む研究だ。タイトルは「Genetic risk, coronary heart disease events, and the clinical benefit of statin therapy: an analysis of primary and secondary prevention trials (冠動脈イベントの遺伝的リスクとスタチンの臨床的有効性:一次及び二次予防試験の解析)」で、3月4日号のThe Lancetに掲載された。この研究では、心筋梗塞や狭心症など冠動脈イベント発症を予防するスタチンの効果を調べる2つの1次予防試験と2つの2次予防試験、及び地域住民のコホート研究の参加者の遺伝子検査を行って、冠動脈イベントに関わると特定されてきた27個のSNPを調べ、リスクを計算して、実際のイベントと遺伝子診断によるリスクとの相関を調べている。タイトルの、一次予防試験とは、特に病気と診断されていない健常人を対象としてスタチンの予防効果を調べる研究をさし、2次予防試験とはすでに冠動脈硬化症と診断がついた群に対するスタチンの予防効果を調べる研究だ。さて結果だが、27種類のSNPを統合した指標を使うと、冠動脈イベントの発症と遺伝子検査によるリスク判定とはかなり相関する。従って、他のバイオマーカーとともに、遺伝子検査も役に立つ。特に面白いのは、すでに動脈硬化症を発症している群でも遺伝子リスクが相関することだ。今後、血中脂質などのバイオマーカーも含めた複雑な相関解析が必要に思う。おそらくこの研究の最も重要な発見は、スタチンが遺伝子リスクの高い人ほどよく効くという点だ。例えば1次予防試験では、遺伝子リスクのない人でのスタチンのイベント抑制効果は30%ほどだが、遺伝子リスクの高い人では50%を超える。既に他の検査から病気が認定されている人たちを対象とした2次予防試験でも遺伝子リスクの高い人ほどスタチンが効く。おそらく、これまでの検査で用いられるバイオマーカーとは異なるリスクを検出できているのかもしれない。病気が発症した後でも、遺伝子診断を行う意味がある場合もあることを認識した。さて、もしこの結果を私が臨床現場で使うとするなら、動脈硬化と診断されても「薬なんか飲めるか」と啖呵をきる患者さんをさらに不安にさせる一撃として使い、生活習慣の改善と、スタチン服用を認めさせる方策として使う。実は、その患者とは、私だ。