食欲と摂食行動のつながりが正常でないと、拒食症や過食症を招く。幸い、この神経回路は人間だけでなく、ほとんどの高等動物にとって基本的な回路であるため、動物行動学をそのまま人間に当てはめることができると期待され、研究が行われてきた。中でも、視床下部に存在し、ニューロペプチドY(NPY)、GABA,そしてアグーチ関連ペプチド(Agrp)を分泌し、食欲に関わるレプチンなどの制御を受け、食欲と様々な行動を連携させるAgrpニューロンの特定がこの分野を大きく進展させた。とはいえ、未だ拒食症治療薬の決定打は開発されていない。今日紹介するエール大学からの論文はマウスの行動学を駆使してAgrpニューロンの役割を調べた研究で3月12日号Cellに掲載された。タイトルは「Hypothalamic Agrp neuron drive stereotypic behaviors beyond feeding (視床下部Agrpニューロンは摂食だけでなく定型行動を誘導する)」だ。脳研究の論文に目を通しているとエール大学からの論文が目立つ気がするが、この研究もそうだ。おそらくこのグループは、食欲から摂食行動への神経回路を調べていたのだろう。これに関連する行動として、餌がない空腹時に見られる行動を解析し(例えば餌を探して歩き回ったり、心理学的転移行動としての毛づくろいなど)、空腹時の行動を類型化している。次に、Agrpニューロンだけでカプサイシン受容体を発現するマウスを作成し、カプサイシンを投与してこのニューロンを興奮させた時に起こる行動を観察している。もちろん、空腹行動をとることから、満腹していても餌に飛びつく。また、餌のない時は餌を探す行動や、毛づくろいをする。この行動をさらに詳しく分析する目的で、Marble-buryingテストと呼ばれるケージ内のビー玉を床敷きで隠す強迫的繰り返し行動や、見慣れない物体に対する不安行動などを調べた結果、Agrpニューロンが摂食行動だけでなく、強迫的繰り返し行動を誘導し、不安行動を抑制することを見出した。重要なことは、この強迫繰り返し行動と摂食に関連する行動が、異なるAgrpニューロンにより調節されていることがわかったことだ。特に、この強迫繰り返し行動はNPYの阻害剤で完全に抑制されるが、摂食自体には影響がない。この結果から、神経性食思不全の患者さんが持っている強迫観念をNPYの阻害剤で治療できないかという提案を行っている。実際、神経性食思不全の患者さんでは血中のAgrp濃度が高いようだ。身体はなんとか患者さんに摂食を促そうと努力している証拠だ。しかし、患者さんでは強迫行動が強く、摂食に至らないという可能性は十分納得できる。もしこの興奮を他の強迫行動回路から切り離し、摂食へとつなげることができれば素晴らしいことだ。しかし一方で、人間の行動がそんな簡単な図式で説明できるはずがないという気持ちもある。この論文を読んで、マウスの行動学が進んでいること、神経細胞操作術の進歩はよくわかったが、予言通りNPY抑制剤が神経性食思不全症に効くかどうかは、この行動学の意義を判断する上で重要な試金石になる気がする。