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3月25日:CRISPRの倫理問題(Scienceオンライン版報告他)

2015年3月25日
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CRISPR/Casシステムが遺伝子編集に用いられるようになってまだ何年も経っていないが、いつノーベル賞が出てもおかしくないほどこの世界を変える技術へと発展した。このホームページでもなんども紹介したが、その度にこんな利用法もあったのかと、奥の深さに感心する。要するに、技術が多くの研究者の新たなアイデアを生み出して増殖している。ただ拡大が続く素晴らしいテクノロジーだからこそ、今アメリカでは大きな懸念の的になり、今月に入ってNature, Science, そしてMIT technology reviewなどにこの技術の生む倫理問題について様々な意見が掲載されている。発端は、CRISPRを使ってヒト受精卵の遺伝子編集を行った中国からの論文が審査に回っているという噂だ(Regalado, A., MIT Tech. Rev. Äi0http://go.nature.com/2n2nfl (2015).。実際には論文が回ってきた審査員が匿名でこの問題を指摘した。これを受けて、1月この問題を話し合うべく、このテクノロジー生みの親の一人Jennifer Doudnaが呼びかけNapaで会議が持たれた。NAPA会議の参加者は、今回の会議が、遺伝子組み換え技術の倫理や社会的インパクトについて話し合われた1975年のアシロマ会議に続く第二のアシロマ会議と言える重要な問題を扱うという強い認識でこの問題を話し合ったようだ。この会議の経緯や様子について3月20日号のScienceはレポートを掲載、またオンライン版ではこの会議参加者の連名でコメントが発表された。同じ時NatureでもCRISPRと並ぶ遺伝子編集法を開発し、ベンチャー企業でその応用を目指すEdward Lanphierの「Don’t edit human germ line (ヒト生殖系遺伝子を編集してはならない)」というコメントを掲載している。これらすべての結論は、アシロマ会議の結論と同じように、ヒト胚や生殖細胞の遺伝子編集を当分行わないようモラトリアムを呼びかけるものだった。サイエンスオンライン版に掲載された会議参加者からのコメントでは、1)CRISPRといえども確実な技術ではなく、猿を用いた実験でも100%効率が得られていない、2)他の遺伝子への影響については議論がある、3)社会に受け入れられる適応についてまだ議論がされていない、などの議論に基づき、以下の提言がなされている。1)法的規制がない国といえども、遺伝子編集を胚や生殖細胞に使う研究は議論が進むまで中止する、2)国際的フォーラムを大至急形成し、新しいテクノロジーについて正確な情報を提供する、3)CRISPRテクノロジーを、生殖細胞以外のヒト細胞や動物細胞を用いた透明性の高い研究でさらに深化させる、4)世界的な会議を組織化し議論する。

  あらゆる公職を退いたので、本当のところはわからないが、我が国ではアカデミア、マスメディア、政府もこの問題の重要性を認識していないのではないだろうか。今回強調したいのは、アシロマ、ヒトクローン、そしてCRISPRと科学者の方から情報が提供され、自発的に研究のモラトリアムが呼びかけられている点だ。これを起点として倫理議論が始まる。私は世界の科学者社会は自ら問題を指摘し、社会に積極的に呼びかけるだけの成熟さがあると自信を持っている。その上で、体細胞操作についてはiPSと同じで、リスクを取りながらヒトで研究を進める事の重要性を堂々と社会に要求している。現役時代、10年以上国の倫理委員会での議論に関わり、並行してISCFという国際フォーラムで議論を行った。この議論を通して、我が国の科学者、科学メディア、政府の3者全員がまだこの成熟度に達していないのではという感触を常に抱いてきた。すなわち、参加者全員が私が正義だと思って議論に参加している。この感触は、昨年始まった小保方問題に端的に表れた。科学者、科学メディア、政府が一体となってあの騒動につながったと思うが、これは科学と社会の関係について3者全てが未熟なままであり続けたことが原因の一つだと思う。その意味で、韓国の黄さん事件を分析した李成柱さんの「国家を騙した科学者」を読むと、成熟するということがよくわかる。李さんは新聞記者であるにもかかわらず、この問題に対するアカデミア、マスメディア、政府の3者の責任を冷静に分析している。我が国のエネルギーは失せてきたようだが、今もマスメディアを通して読者が一番興味のある科学記事が捏造問題で、この1年だけでも小保方事件に始まり、多くの論文に見つかったデータ使いまわし、そして最近の熊本大学医学部、岐阜大医学部、大阪市大の研究者が関わる捏造まで綿々と続いている。その間に、世界では社会と一体になって考える必要のある何が起こっていたのか、冷静に分析し対応し社会に発信できる科学者、政府、科学メディアが新たに生まれないと、成熟した科学と社会の関係など生まれようがない。

  1. 素人 1 より:

    「参加者全員が私が正義だと思って議論に参加している。」もうこれに尽きるんじゃ無いでしょうか。それは、小保方さんの問題だけではなく、また科学の分野だけではなく、日本で行われている全ての議論に置いて。相手の立場を思いやれる深みの有る人間が少なくなったと本当に思います。

    1. nishikawa より:

      科学研究と捏造について現在調べています。大事なのは個人の倫理問題や責任問題として終わらせず、構造問題としてとらえ、それを解決するための提言を行うことです。現在小保方さんの問題について講演をしております。文章もまとめています。もし50人以上の方が集まって議論できるところであれば、いつでも手弁当で討論しに出かけます。

  2. 素人 1 より:

    「私が正義」という事は、自分が「正しくて」相手が「間違っている」ことを証明したいんだと思います。
    科学的事象については、その論理が「正」か「偽」かでいいと思うのですが、その方法で個人の人格にまで踏み込むのはどうなんでしょうか。
    今度、機会があればぜひお会いして、成熟した議論がしたいと思っております。その際はよろしくお願いします。

    1. nishikawa より:

      私が正しいを拒否する点では、科学も同じだと思います。ガリレオ以来、科学は真実が何かではなく、同じ理解を他人と共有するための手続きや手順を持つ唯一の領域になりました。だからこそ、私は正しい、全てが理解できたという根本的作り話を拒否することができる分野になったと思っています。

  3. 素人 1 より:

    先ほど、AASJ様宛にメールをお送りしました。何卒ご覧くださるようお願いします。

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