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4月20日クリスパーのメカニズム探索は続く(Natureオンライン版掲載論文)

2015年4月20日
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現役時代、大腸菌を分子生物学のツールとして使っていても、大腸菌の生理を対象とする論文に目を通すことはほとんどなかった。そのため、私がクリスパーを知ったのは、CRISPR-Cas9が特異的RNAをガイドとして用いるDNA切断酵素で、遺伝子の望む領域を改変するための強力なツールになるという報告からだ。しかし実際には、1987年、大腸菌のアルカリフォスファターゼのアイソザイム変換に関わる遺伝子を解析する過程で阪大微生物病研究所の石野さんたちにより発見され、2005年からほとんどの細菌に存在する外来遺伝子に対する免疫機構であることが解明されたシステムだ。もちろん、細菌の生理や進化を理解する上で今も重要な研究対象だ。今日紹介するイスラエル・ワイズマン研究所からの論文は、クリスパーシステムが外来遺伝子と自己の遺伝子をどう区別しているのかを明らかにした研究で、Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「CRISPR adaptation biases explain preference for acquisition of foreign DNA(クリスパーの適応バイアスが外来DNAを選択的に獲得する現象を説明する)」だ。クリスパーは外来遺伝子の侵入に対する免疫系で、1度侵入したウィルスゲノムを覚えておいて、2度目に侵入してきた同じウィルスゲノムを速やかに切断して自分を守る。従って、侵入したウィルスゲノムを記憶しておく必要があるが、これは外来遺伝子の一部をCas9と結合するクリスパー配列の間に外来遺伝子由来のスペーサーとして取り込むことで行われている。すなわち、この取り込んだ外来遺伝子由来スペーサーによって、クリスパーと結合した切断酵素が外来遺伝子に特異的にリクルートできる。しかしこの系が外来遺伝子と自己遺伝子をどのように区別して、外来遺伝子の配列だけを記憶としてクリスパー領域に取り込めるのかはこれまでわかっていなかったようだ。実際、特定の配列が取り込まれるわけではないので、外来遺伝子と自己遺伝子を特異的に区別する方法はない。この研究ではまず、区別ができないならクリスパー領域にホスト遺伝子も取り込まれているはずだと発想を転換し、ホスト大腸菌のどの領域がスペーサーとして取り込まれているのかを調べることで、このメカニズムを探索している。まさにプロのセンスだ。詳細は省いて結論のみ述べるが、実際、大腸菌の遺伝子複製を知り尽くしたプロの実験が行われており、まず、このスペーサーはDNA修復酵素系によってDNAが分解される際に生まれるDNAの破片に由来している。修復系は遺伝子に入った切れ目を認識して働き始めるが、通常切れ目はDNA複製時、特に別々の方向から進んできた複製DNAが結合される段階で最も多く起こるため、スペーサーとして寄与する自己遺伝子はこの部分に由来することが圧倒的に多い。とはいえ、実際には自己遺伝子のコピーは一個だけだが、ウイルスやプラスミドはコピー数がずっと多く、しかもそれぞれが複製する。さらに、複製酵素は切断部からChi配列と呼ばれる場所まで遺伝子を削っていくが、このChi配列の密度が大腸菌ではウイルスやプラスミドと比べてはるかに高く、そのためずっと多くのDNA破片が外来遺伝子から生まれる。他にも、phageウイルスDNAは一本鎖で侵入するため最初から切れ目があり、すぐに修復系の作用を受ける。これらを総合すると、自己と他のDNAを区別することはできないが、ウイルスなどが侵入してきてクリスパー系が活性化されるときは、量的に外来DNAから生まれる破片の方が圧倒的に多いため、結果として自己DNAと外来DNAが区別されるように見え、スペーサーには外来DNAが蓄積されていくという説明だ。一般の方には申し訳なかったが、医療の未来を変えるエース、クリスパーも細菌についての地道な研究に由来していること、そして基礎研究は応用が進めば決して終わりというわけではなく、不明な点について地道な研究が現在も進んでおり、トップジャーナルもそれを応援していることを理解していただきたいと思い紹介した。

  1. 竹田潤二 より:

    いつも、楽しんで読んでいます。
    CRISPRシステムには、タイプI, II, IIIが存在することが多くの総説に書いてあります。現在、ターゲットDNAを破壊するにはCas9が存在する溶連菌由来のタイプIIのシステムを多くの研究者が利用しています。それは、Cas9とsgRNAが存在するだけで、ターゲットDNAに二重鎖切断を誘導する事ができるからです。最初にCRISPRの反復配列が報告されたタイプIのクリスパーを有する大腸菌に目を転ずると、CRISPR遺伝子座に二重鎖切断を誘導するためにはCascade complexというタンパク複合体が必要です。
    一方、外来あるいは自己由来のゲノム配列をCRISPR遺伝子座に取り込むアダプテーションは、大腸菌の方が溶連菌などに比べ単純な様に見えます。前者のアダプテーションは、 Cas1, Cas2で充分なようですが、後者はCas1, Cas2に加えて少なくともCas9も必要です。
    大腸菌は、初期のアダプテーションが単純で、後期のターゲットDNA二重鎖切断の誘導が複雑、一方、溶連菌の方はそれとは逆で初期のアダプテーションが複雑で、後期のターゲットDNA二重鎖切断の誘導が単純になっているようです。
    今回の論文は、アダプテーションが単純な大腸菌で結論が導かれていますが、溶連菌の方は少し事情が異なる可能性があるかもしれません。
    大腸菌のアダプテーションのシステムについては、CRISPR配列を持ったスーパーコイルプラスミドにドナーオリゴが挿入できるかどうかのin vitroの実験が示されており、Cas1, Cas2タンパクだけで充分というJennifer Doudnaのグループの素晴らしい論文がありますね (Nature 519:193-198, 2015)。

    ゲノム編集も含めた国際学会を11月に奈良でやるので(http://www.pac.ne.jp/tge2015/)、最近CRISPRシステムについても論文をフォローしている所です。

    1. nishikawa より:

      コメントありがとうございます。先日ブドウ球菌のCasを使った仕事を紹介しましたが、溶連菌も含めこの系の多様性に注目した探索が進んでいることを実感します。おそらく竹田さんにとっては他の人より感慨が深い分野だと推察します。思いもかけない使い方を提案してください。

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