5月5日:私たちの先祖がネアンデルタールを滅ぼした(Scienceオンライン版掲載論文)
2015年5月5日
なんども紹介してきたが今考古学分野が面白い。石器などの遺物と骨格による解剖学的解析を組み合わせて、当時の出来事を推察するのがこれまでの考古学だったが、そこにゲノムとして記録されていた情報が加わった。文字の記録がない時代の歴史を有史以前、すなわち記録のない時代と区別してきたが、ゲノムを高次の記録のない時代についての記録された情報として利用できることが明らかになってきた。そのおかげで現代人の祖先(anatomically modern human解剖学的現代人:AMHと呼ぶ)が、いつどこでネアンデルタール人と交雑したのかかなり正確に推察されている。しかし考古学と生物学が別個に研究されるのではなく、両方の協力や統合が必要になる。今日紹介するイタリア・ボーローニャ大学からの論文はこの典型で、Scienceオンライン版に掲載された。タイトルは「The makers of the Protoaurignacian and implication of Neandertal extinction (原始オーリニャック文化の担い手から考えるネアンデルタール人消滅)」だ。ネアンデルタール人の文化はムスティエ文化となずけられ、その後現れる私たちの先祖の形成したオーリニャック文化から、石器の形状などで区別されている。ただ昨年8月このホームページでも紹介したが( http://aasj.jp/news/watch/2061 )、この二つの中間段階にある原始オーリニャック文化については、私たちの先祖の文化と決めつけていいのか異論があった。昨年紹介したのは、石器の詳しい年代分析から、ウルッツァ文化やシャテルペロン文化のような原始オーリニャック文化は、私たちの先祖の形成した文化であることを結論した論文だった。このように意見が分かれる最大の理由は、石器が発見された場所から解剖学的特徴がはっきりした人骨が発見できず、文化の担い手を解剖学的に特定できなかったからだ。この研究では、私たちの先祖かネアンデルタールか議論が続いてきたイタリア各地の原始オーリニアック文化で発見された歯の化石を解剖学及びゲノムレベルで調べることで、誰が文化の担い手だったか特定しようとしている。まず出土した歯のエナメル質の厚さを精密にネアンデルタールの歯と比較し、原始オーリニャック石器とともに出土した歯が私たちの先祖の歯に近いと結論している。この結論を、記録としてのゲノム情報を用いてさらに確実にしようと、ミトコンドリアゲノムを完全に解読し、このゲノムが約45000年前の私たち先祖のものであることを決定した。この時代は北イタリアにもネアンデルタールが生存していた時代と重なるため、おそらくより精度の劣る石器しか使っていなかったネアンデルタール人は、刃の鋭さを再調整した優れた石器を持つ原始オーリニャック文化に滅ぼされることになったのではと結論している。ゲノムという記録された情報が時代と系列を明らかにすることで歴史の理解に大きな貢献をしていることを示す典型的論文だと思う。今後も目を離さず紹介していきたいと思っている。