5月8日:窒素固定の始まり(Nature4月30日号掲載論文)
2015年5月8日
今TPP交渉が妥結直前で、農協もグローバライゼーションでいよいよ危機に瀕してきた。しかし21世紀に入ってから穀物の国際価格は2倍も上昇しているのに、我が国のカロリーベースの食料自給率はすでに50%を切っている。高齢化、少子化、膨大な公的負債などから考えても、急速な円安で食糧輸入が不可能になり食糧危機が起こってもおかしくない。おそらくそんな危機を経験して初めて構造改革ができるのだろう。ちょっとこじつけの出だしだったが、生物の進化も同じような危機をバネに進化してきた。その一つが「窒素危機」と呼ばれる危機で、これをバネに自ら窒素を固定するニトロゲナーゼを進化させた。もともと生命が誕生した38億年前、生命が利用できる窒素源はNO2で、大気中の窒素とCO2が稲妻のエネルギーで生成されたと考えられている。ただ、生命が誕生した38億年から25億年前までの始生代には持続的にCO2が減少し、その結果NO2の生成が2桁減ったと考えられている。この結果、当時の生命は「窒素危機」と呼ばれる絶滅の危機に瀕するが、その中から大気中の窒素を固定するためのニトロゲナーゼを進化させた生命が発生し、生命は全体として窒素自給体制を完成させ現在に至っている。今日紹介するワシントン大学からの論文は、このニトロゲナーゼの進化についての研究で4月30日号のNatureに掲載されている。タイトルは「Isotopic evidence for biological nitrogen fixation by molybdenum-nitrogenase from 3.2Gyr (32億年前にモリブデン型ニトロゲナーゼによる窒素固定が行われていたことのアイソトープによる証明)」だ。私にとっても全く初耳のことだが、これまでゲノム解読された原核生物、古細菌類の15%がニトロゲナーゼを持っている。即ちこの細菌が私たちの窒素源になっている。ほとんどのニトロゲナーゼはモリブデンを活性に必要としているが、他にもバナジウム、鉄を活性中心に持つ酵素も存在している。今日紹介する研究では、最初の窒素固定に関わるニトロゲナーゼのタイプを特定しようと試みている。もちろん、そんな時代の遺伝子が残っているはずもなく、また現存のニトロゲナーゼ配列の系統的比較もここまで古い話になると推定が困難になる。代わりにこの研究では、生物が沈殿したケロージェンを含む岩石の中のN14,N15(窒素同位元素)を測定し、固定された窒素のパターンを調べることで、窒素固定に関わったニトロゲナーゼのタイプを特定できることを示した上で、32億年前の岩石中のケロージェンに残る固定された窒素がほとんど生物由来で、モリブデン型のニトロゲナーゼに由来していることを示している。この結果から、最初のニトロゲナーゼはモリブデン型の祖先型で、バナジウム型や鉄型ではないと結論している。よく読んでみると、この結論を引き出すためには、当時の大気状態を含む様々な条件等について多くの推論を重ねており、次は全く異なるシナリオが提出される懸念はぬぐえない。ただ、金属の触媒作用を利用する酵素の基本特性を探る中で、生物と無生物の接点が見える可能性は実感できた。モリブデンの周りに窒素を求めて古細菌が集まっていたのが目に浮かぶ。