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5月22日:気になる論文:酵母を使ったレチクリンの合成(Nature Chemical Biologyオンライン版掲載論文)

2015年5月22日
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我が国の河岡さんや、オランダのグループが鳥インフルエンザウイルスのDNA配列を示した論文をNatureに掲載しようとした時、テロリストに情報が渡るのではとの懸念から、公開を差し止めるべきだとの議論が起こったのは記憶に新しい。生命科学研究と多様な考えが存在する社会全体との関わりを議論する生命倫理と違って、最初から悪意で利用しようとする人の科学技術の利用を止める安全保障問題に対しては、科学界はなんの手段も持たない。「普通の国」の軍事は正義で、テロリストは悪だという単純なスキームをここに適用すると、結局、秘密情報に指定して一般公開を見合わせるしかない。通常、軍事研究で行われているように、公開できなくても良いと考える研究者を集めて、秘密裏に研究を行うしか具体的な解決はないだろう。今日紹介するカリフォルニア大学バークレイ校からの論文はNature Chemical Biologyに公開されてはいるが、研究は全て公開を原則とすべきだと考える私もちょっと気になった。タイトルは「An enzyme-coupled biosensor enables s-reticuline production in yeast from glucose (酵素を使ったバイオセンサーを用いることで酵母にグルコースからレチクリンを作らせる)」だ。レチクリンとはチロシンから合成されるアルカロイドで、モルヒネ、コデインなどの麻薬成分合成のための中間体だ。多くの麻薬の構造は完全にわかっているのだが、合成経路が複雑で今でも植物から精製せざるを得ない。例えば今もケシの実からモルヒネを精製している。従って、麻薬を作るためには大規模なケシの栽培が必要で、ここを取り締まりの対象にできる。この研究は、この複雑な多段階過程を酵母で再現し、このケシ栽培の必要性を無くそうというのが目的だ。先に論文の結論を言ってしまうと、ただ培養するだけでレチクリンを86μg/l生産する酵母系統が開発できたという結果だ。一方最近PlosOneにやはり酵母でレチクリンからコデインを作らせた論文が発表されたようだ。これは、原理的に酵母だけで麻薬を作らせるための枠組みが完全に完成したことを意味している。タイトルからあるように、この論文は、これまで困難だったチロシンからl-Dopaまでの合成経路を持った酵母の開発を、この経路の活性をbetaxantinと呼ばれる黄色色素の発現でモニターする方法を開発することで実現したという報告だ。研究は、チロシンからレチクリンまでの3段階に関わる分子を一つ一つ丁寧に検討し、また必要ならその酵素の遺伝子に突然変異を誘導し活性を高めるなど、地道な検討を積み重ねてこの酵母系統の開発に至っている。手法はオーソドックスだが、好感が持てるし発表になんの問題もない。また、現在の収量では実際の工業生産に使うにはまだまだまだ改良を加えていくことが必要だろう。しかし、この結果は、いつか麻薬を作るためにケシの栽培が必要でなくなり、酵母の系統さえあれば、誰でも簡単に麻薬を作れる日が来ることを意味する。もちろん個人でなくても、資金のある大きな組織なら、効率の良い系統を開発することもできるだろう。それを遅らせるための様々な細工を考えることはできるが、そんなトリックは必ず破られる。どうしたら良いのか。現在国連では新しい核拡散防止法案を巡って最後の詰めが進んでいるようだが、この議論を見ていると、世界のセキュリティーに関わる問題に一致した取り組みは不可能に思える。私も今日は全くアイデアが出ずお手上げだ。
  1. Okazaki Yoshihisa より:

    多くの麻薬の構造は完全にわかっているのだが、合成経路が複雑で今でも植物から精製せざるを得ない。

    →麻薬を作るためには大規模なケシの栽培が必要で、ここを取り締まりの対象にできる。

    今回の研究などから、原理的に酵母だけで麻薬を作らせるための枠組みが完全に完成したことを意味している。

    →合成生物学の勃興とともに、新たな社会的脅威も出現してきているようです。技術の進歩は待ったなし。

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