AASJホームページ > 新着情報 > 論文ウォッチ > 6月4日:脳にもリンパ管(Natureオンライン版掲載論文)

6月4日:脳にもリンパ管(Natureオンライン版掲載論文)

2015年6月4日
SNSシェア
常識は不思議だ。誰も疑わないから常識なのだが、なぜ疑わないのかよくわからないことが多い。とはいえ、覆って見るとその影響の大きさに驚くことも多い。このため、常識を考える時一番面白いのは、なぜそれが疑われるようになったかだ。例えばインプリンティングやX染色体不活性化のある哺乳動物で体細胞クローンはできないという常識は、常識を最初から気にしないウィルムートさんや、若山さんが覆した。今日紹介するバージニア大学からの論文も、もし正しければ常識が覆った例として長く語り継がれるだろう。タイトルは「Structural and functional features of central nervous system lymphatic vessels (中枢神経系に存在するリンパ管の構造的機能的特徴)」だ。タイトルにある中枢神経系に存在するリンパ管だが、少なくとも私が卒業した時から存在しないと考えられてきた。脳脊髄液の循環経路が最終的にリンパ管とつながっているのではないかと考えられてはいたが、わざわざ脳内にリンパ管が別に必要だとは誰も思わなかった。ただ昨年10月19日このホームページで紹介したように(http://aasj.jp/news/watch/608)、グリア細胞がglymphatic systemを作って、眠っている時に脳に溜まった老廃物を除去しているという論文がサイエンスに出て、脳にある新しい循環系に注目が集まった。ただそれでもリンパ管があるとは誰も考えなかったようだ。このグループは、T細胞が中枢神経内を循環する経路を探索しているうちに硬膜静脈洞に接して、さらに濃縮して循環している脈管系の存在があることに気がついた。リンパ球が濃縮していることから、ひょっとしたらリンパ管ではないかと思いつき、細胞マーカー、電顕、機能的循環アッセイなど様々な方法を駆使して、この管が血管やglymphaticsとは異なるシステムで、あらゆる面でリンパ管と言っていいことを確認した。残念ながらこの研究でも、このリンパ管へT細胞が入ってくる入り口はよくわからない。ただ、脳内の反応が深部の頸部リンパ節とつながっていることは明確に示している。いずれにせよ、多発性硬化症など脳内での免疫反応をこの構造の存在を前提とする新しい目で見ることが必要になるだろう。しかし、リンパ管研究のあらゆるマーカーが揃っていても全く疑われず現在に至るとは、本当に常識は恐ろしい。一方、水生動物のリンパ管は静脈と多くの吻合を示すし、両生類の研究者はリンパ液を循環させる心臓があることを知っている。要するに融通無碍の脈管系だ。そう考えると、これを知りながら常識にとらわれていた自分が一番常識的な人間だと反省する。
  1. 佐藤澄子 より:

    脳内にリンパ管があったなどは知りませんでした。
    もっと勉強したいと思います。

  2. 星 研一 より:

    リンパ管の進化の過程に興味があります。《水生動物のリンパ管は静脈と多くの吻合を示すし、両生類の研究者はリンパ液を循環させる心臓があることを知っている。要するに融通無碍の脈管系だ。》とありますがより詳しくお教えいただくことは可能でしょうか?

    1. nishikawa より:

      星さん、
      一人のためにだけ解説をすると大変なことになります。
      星さんを交えてリンパ管の発生について勉強会をし、ニコニコ動画でもっと多くの方に見てもらうのはどうでしょう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

*


reCaptcha の認証期間が終了しました。ページを再読み込みしてください。