6月25日:意外な膵臓β細胞増殖因子(6月7日号Cell Metabolism掲載論文)
2015年6月25日
1型、2型を問わず、糖尿病の治療としてインシュリンを産生する膵臓β細胞を増殖させる方法の開発が現在も続いている。インシュリン分泌を上昇させ、β細胞量を増やすとして最も研究されてきたのが消化管ホルモンGLP-1で、この受容体のアゴニストは2010年前後から我が国でも利用が始まっている。これ以外にも、2年前Doug Melton達によってインシュリン飢餓に陥った肝細胞から分泌されるホルモンベータトロフィンが同定され期待が集まった。メドラインでベータトロフィンと入力すると、44報の論文がリストされ、一見期待は続いているようだ。しかし、2014年、ベータトロフィンがトリグリセリド代謝に関わるホルモンで、β細胞増殖に全く関与しないという論文が報告され、ベータトロフィンという名前はメルトンの勇み足と考えられている。今日紹介するニューヨーク、マウントサイナイ医科大学からの論文もβ細胞増殖因子探索研究の一つだが、もし本当なら明日からでも臨床応用が可能な研究結果で6月7日号のCell Metabolismに掲載されている。タイトルは「Osteoprotegerin and Denosumab stimulate human beta cell proliferation through inhibition of the receptor activator of NFκB ligand pathway (OsteoprotegerinとDenosumabはRANKシグナル経路を抑制してヒトβ細胞の増殖を刺戟する)」だ。GLPやベータトロフィン以外にも、これまでβ細胞増殖を誘導するホルモンとして胎盤由来のラクトゲンが知られている。ただラクトゲンはプロラクチンと同じで、乳腺刺激や多彩な作用があり、膵臓だけを標的にするホルモンとしての利用は難しかった。このグループはラクトゲンがβ細胞増殖を誘導するメカニズムを探索する中で、ラクトゲンによりOsteoprogegerin(OPG)が膵島で発現することを発見した。OPGはもともと破骨細胞の研究から発見されてきた分子で、RANKLとRANK分子の結合を阻害することで破骨細胞分化を抑制する。RANKLに対する抗体薬はアムジェンにより開発され、すでに骨粗鬆症やmyelomaなどに利用されている。意外な分子が浮き上がってきて驚いたと思うが、マウスを用いて本当にOPGがβ細胞増殖を誘導するか調べ、試験管内でも、体の中でもOPGがβ細胞増殖因子として働くことを確認した。また、試験官内でヒトベータ細胞株の増殖も誘導できる。この実験系を用いてOPGが作用するメカニズムを調べると、破骨細胞分化と同じで、RANKL/RANKシグナル経路を阻害する作用を通して、β細胞増殖を誘導している。ここまでくればシメタもので、臨床応用が進んでいるDenosumabがヒトβ細胞増殖を誘導するか調べるだけだ。ヒト膵島をマウスに移植後7日目で1回Denosumabを投与すると、期待通り膵島の増殖を3倍に増強できることを示している。話はこれだけだが、OPGが引っかかってきたおかげで、すでに安全性が確認された薬剤を利用した新しい治験が可能になる。まず、すでに骨粗鬆症でDenosumab投与を受けているヒトのインシュリン産生を調べる必要があるだろう。もちろん抗体治療を一般の2型糖尿病の治療として軽々に行うべきではないと思うが、急性のβ細胞障害や、膵島移植後の増強など様々な利用可能性があるだろう。ベータトロフィンのような勇み足にならず、早期に様々な治験が進むと期待できる。