7月6日:続くras変異ガン制圧の戦い(7月2日号Cell掲載論文
2015年7月6日
おそらく上皮性のガンの半分近くは変異型ras遺伝子が細胞異常増殖のドライバーとして働いている。このため発見以来30年にわたってこの分子を制御してガンを治す試みが続いてきた。しかしこの歴史は新しいアイデアの提案と失敗の連続の歴史で、結果、大手の製薬会社はrasをドライバーとするガンに対する薬剤開発には及び腰になっていることを4月22日このホームページで紹介した(http://aasj.jp/news/watch/3288)。rasにより誘導される細胞死を防ぐメカニズムを標的にした薬剤の開発もこの歴史の一ページを飾った失敗の一つで、ras変異ガン制御の手段としては誰も見向きもしない過去の方向性になっていると思っていたら、どっこい諦めない面々は必ずいる。今日紹介するドイツケルン大学医学部からの論文は、K-ras活性化によっておこる細胞分裂チェックポイント阻害剤がK-ras変異を持つガンに効くことを示した論文で7月2日号のCellに掲載された。タイトルは「A synergistic interaction between Chk1-and MK2 inhibitors in KRAS-mutant cancer (K—ras変異ガンではChk1阻害剤とMK2阻害剤が相乗作用を示す)」だ。繰り返すがK—ras変異がおこると細胞毒性が出てしまい、細胞は自発的に死ぬ。ガンはこれを抑制する変異を重ねて、このK—rasの毒性部分を制御し、異常増殖する。このグループは、もともと同じ過程に関わる異なる標的に対する阻害剤を組み合わせた時に相乗効果がある薬剤の組み合わせを計算するソフトを開発し、薬剤併用の効果を調べていたようだ。この過程で、細胞分裂を調節するChk1,MK2に対する阻害剤を組み合わせた時K-rasやB-rafの変異をドライバーとして持ち、CDKN2Aを介する細胞周期抑制機能を喪失しているガンに選択的に効果を示すことを発見した。はっきり言ってこの論文のメッセージはこれに尽きる。後はこの阻害剤の組み合わせの作用機序を調べ、細胞分裂を抑制するCDK25Bの機能が阻害剤により選択的に抑制され、分裂が制御できなくなり、結果DNAの切断が起こり細胞死に至ることを示している。そして、この薬剤の組み合わせがK-rasやB-raf変異を持つガンを移植したマウスモデルでガン増殖を抑制すること、K-ras変異を導入したマウス肺がんモデルで作用を示すこと、そして肺ガン患者さんの胸水から分離した細胞の細胞死を誘導することを確認している。ガンの研究としては極めてオーソドックスで、なぜこれまでわからなかったのか不思議なぐらいだ。しかし、この研究で使われた阻害剤はともにファイザー社が開発したもので、おそらく同じような薬剤は数多くあるだろう。もしこの研究が示すように大きな副作用がないなら、すでに開発された薬剤を見直すための臨床研究を始める価値は大きいと思う。ただ最近、特異的な標的薬を使うほど、ガンの方もそれを上回る方策を開発して薬剤抵抗性を獲得する強さを持つことが分かってきた。この新しい方法も結局ガンの根治には届かないかもしれない。しかしそれを覚悟して臨床研究を待つ価値は十分あると思う。