8月21日:人権と憲法(8月18日号The New England Journal of Medicine、8月20日号Nature掲載論文)
2015年8月21日
今、我が国では安保法制を巡って憲法解釈議論が国民を2分している。しかし議論を聞いていると、憲法は国民が為政者の暴走を止めるための法であって、為政者の都合で解釈できる法でないことを政府はもとより多くの人がすっかり忘れているように思える。憲法とは何かがもっともよくわかったのが、6月17日アメリカ最高裁がObergefell vs Hodges訴訟として争われてきた同性婚の法的平等性を認めないオハイオ州法は憲法違反であるとした判決だろう。争われたのはもちろん条文の解釈だが、「No union is more profound than marriage, for it embodies the highest ideals of love, fidelity, devotion, sacrifice and family (結婚より深いつながりはない。なぜなら結婚には愛、信頼、献身、犠牲、そして家族のもっとも高い理想が実現している)(拙訳)」で始まる美しい判決文は、憲法の精神を問い、アメリカが人権を第一とする法治国であることを高らかにうたっている。それからまだ2ヶ月しかたたないが、アメリカがこの判決により大きく動き始めたことが今週のThe New England Journal of MedicinとNatureを読んでいるとよくわかる。まずThe New England Journal of Medicinにはこの判決に関わる2編のPerspectiveが掲載されていた。一つは「Civil rights and health- beyond same-sex marriage(市民権と健康—同性婚を超えて)」で、この判決が同性婚を認めるかに止まらず、レスビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー(性同一性障害)(まとめてLGBT)、それぞれの意思を尊重し法的平等性を守ることを意味すると捉え、これから起こるだろう幾つかの問題をリストしている。もともと通常婚は健康に良いことが様々な疫学研究からわかっている。しかし同性婚を憲法が認めても、社会の体制や理解は進んでいないため、結婚することでストレスが高まり、健康が損なわれる可能性が高い。これを実現するため、医療や公衆衛生も真剣に取り組むべきだとしている。例えば公衆トイレがその例だ。もし男の格好をしたレスビアンの人が女性トイレに入れば騒ぎになるだろう。また、20を超える州でLGBTの人たちを解雇する自由が残っていることも職業差別につながる。さらに、アメリカ憲法は医師が宗教的信条などで医療を拒否する権利が認められており、結果として生殖補助医療から締め出されることもありうる。このような問題をリストした後、LGBTであるがゆえのストレスを取り除くためまだまだすることが多くあると締めくくっている。もう一編のPerspectiveは「Caring for our transgender troops-the negligible cost of transition-related care (軍のトランスジェンダー容認についての配慮:転換にかかる費用は大きくない)」だ。タイトルからわかるように今度は軍の話だ。6月の判決を受けて、7月にはカーター国防長官は伝統的に禁止してきた性同一性障害の兵士を認めることを決めた。ただ、これにより軍がトランスジェンダーの必要性に応じてホルモン注射や性転換手術を権利として認めることを意味すると踏み込んで、それに必要なコストを計算している。実際アメリカ軍には12800人の性同一障害の兵士がいるようだが、実際に特別な医療を要求するのは50人程度で、現在の予算で対応できるとしている。すでにオーストラリア軍ではこの決定がなされているようで、この時の経験も根拠にしている。さらに、もし軍が性転換治療を認めると、治療を受けるために軍を志願する性同一障害の人が増える可能性についても議論しており、アメリカの一般保険がこのコストを認めるようになって、この問題は起こらないと結論している。ここまで議論が広がっているのを見るとただただ驚く。そして最後がNatureの「Most gay scientists are out in the lab(ほとんどの同性愛の科学者は研究室で同性愛であることを告白している)」という記事だ。これはThe Journal of Homosexualityという雑誌に発表された論文を紹介するもので、LGBTに対する理解の問題だ。実際の論文にアクセスできていないので、記事からしか判断するしかないが、研究室では他の職場と比べて自分の性について告白できる環境が整っている。しかし、研究室間で比べると、生命科学を含む女性の多い研究室でよりよく許容されているという結果だ。そして、LGBTが大学院生の教育に参加することは、より高い平等意識育成に重要だと締めくくっている。
この3編の論文を読むと、憲法とは何かということがよくわかる。私は日本構想フォーラムでご一緒している前防衛大臣森本さんから、日本の防衛についての現実的議論を聞いており、憲法改正も含め議論を進めることの重要性はよく認識しているつもりだ。ただ、憲法を改正するにしても、政治や政策にとって何が必要かではなく、為政者の何が許され何を許さないのか、国民の立場からもっと明確にした憲法が必要だろう。驚くことに現憲法だけでなく明治憲法も我が国では一度も改正したことがない。これは為政者が憲法を縛りと考えていないからではないだろうか。また選挙制度を考えても、違憲判決を軽視するのが我が国では当たり前になっている。安保法制ではアメリカやオーストラリアが名指しで協力相手として記載されているが、私たちはまずアメリカやオーストラリアから憲法とは何か学ぶべき時だと思う。