8月24日:試験管内でのC型肝炎ウイルスの培養(8月12日号Nature掲載論文)
2015年8月24日
私がまだ学生の頃よく読まれたのが岩波書店の「ウイルスの狩人」という本だ。自分では増殖せず、普通の顕微鏡でも見えないウイルスの研究史を紹介した良書で、これを読んでウイルス研究に進んだ学生もいるのではないだろうか。この本でまず学ぶのが、ウイルスを増やすことの難しさで、その苦労話は読み応えがあった。この本が出版されてからすでに50年が経ち、その間エイズ、ATL、エボラなど当時考えもしなかった多くのウイルスが現れてきたが、ウイルス培養の重要性と難しさは変わっていない。今日紹介するロックフェラー大学からの論文はC型肝炎ウイルスの培養の秘訣を明らかにした研究で8月12日号のNatureに掲載されている。タイトルは「SEC14L2 enables pan-genotype HCV replication in cell culture (SEC14L2分子は細胞培養を用いたすべてのC型肝炎ウイルス増殖を可能にする)」だ。実は私も全く知らなかったが、この論文が出るまでC型肝炎ウイルスは、普通の肝細胞や肝がん細胞を用いて増殖させることができなかったようだ。実際にはJFH1と呼ばれる肝細胞だけで培養され、それを用いて研究が行われてきたようだ。この研究はJFH1でしかウイルスが増殖できないのは、この細胞だけが他の細胞にない遺伝子を発現しているか、あるいは逆に特定の遺伝子を欠損しているからではないかと考え、ウイルス増殖に必要な分子の探索を行った。この結果、細胞質内で脂肪と結合するSEC14L2分子を、ウイルス増殖に必要な分子として特定することができた。すなわちこの分子をウイルスが増殖できない細胞に強制発現させると、すべての細胞でウイルス増殖が可能になる。この分子の重要性を調べるため様々な感染実験を行っているが、決定的な最後の感染実験として患者さんの血清を培養に加えるだけで感染が起こり、ウイルスが増殖することを示している。最後に、ではなぜ脂肪結合分子がこれほどの効果を示すのか様々な可能性を調べて、一つの可能性として、この分子が細胞内でのビタミンE蓄積を促進することで、ウイルス増殖を抑制する脂肪が過酸化されるのを防ぐためではないかと結論している。実際、これまで培養肝細胞で増殖できるとして分離されてきたウイルスがすべて過酸化脂肪に対する抵抗性を持っていることも、この結論を支持している。C型肝炎治療はギリアドサイエンス社の根治薬が発売されたことで大きく前進した。しかし、新しい耐性ウイルスに備え、ウイルス自体の撲滅という最終ゴールを目指す必要がある。その意味で、ウイルスの培養が可能になったことは重要だ。「ウイルスの狩人」の話はまだまだ続く。