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8月30日:ドイツからの論文3編(Scientific reports、米国アカデミー紀要、Deutches Aelztblatt International掲載論文)

2015年8月30日
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私事になるが、私は31歳のとき当時西ドイツケルン大学に留学した。当時、臨床教室に所属し学位もなかった私だが、アレクサンダーフンボルト財団には、2年間、本当に痒いところに手が届くような支援をしてもらった。今こうして気楽に暮らせているのも、フンボルト財団のおかげだと思い、日本フンボルト協会の理事としてお手伝いをさせてもらっている。この協会のホームページは会員同士の交流だけでなく、新しくドイツに留学したいという若い学生さんに様々な情報を発信し、留学説明会を年一度開催している。東京医科歯科大学教授の鍔田さんの骨折りに完全に依存しているサイトだが、是非一度訪れて欲し(https://avh-jp.com/)。  ということで宣伝の後は、印象に残った(科学的な意味ではない)ドイツからの論文3編を紹介する。   最初は8月27日Scientific Reportsオンライン版に掲載された論文で動物園のシロクマに起こった脳炎の原因について特定できたという話だ。タイトルは「Anti-NMDA receptor encephalitis in the polar bear (ursus maritimeus) Knut(シロクマのクヌートに見られた抗NMDA型受容体脳炎)」。このクヌートというのはベルリン動物園で生まれ、飼育係の献身的な努力により成長することができたシロクマの愛称で、この生い立ちから世界中の人気となった。2011年急に癲癇様の痙攣を起こして溺死するが、その原因を徹底的に確かめたのがこの研究だ。結果だが、1)脳炎が起こっていた、2)脳脊髄液中にNMDA型グルタミン酸受容体に対する抗体が存在した、3)この抗体はクヌートの脳組織に結合した、などから、ヒトでも見られるNMDA型グルタミン酸受容体に対する抗体による痙攣とともに、抗体により誘導される脳炎が死の原因だと結論している。さらに、他の動物の原因不明の痙攣による死亡例でも同じ原因を疑うことの重要性を強調している。有名なクマだけに、ここまで調べることができたのだろう。ただ、それを一般紙に掲載できるところまで徹底して行っているのに頭がさがる。この研究はベルリンの神経研究所と動物園と野生動物研究所の共同研究だが、動物園と野生動物研究所という公的機関があることにも驚く。  次は米国アカデミー紀要オンライン版に掲載されたマインツ大学やドイツの様々な博物館からの論文で新石器時代初期に見られる大量虐殺の証拠についての研究で、タイトルは「The massacre mass grave of Schoeneck-Kilianstedten reveals new insight into collective violence in early Neolithic central Europe (Schoeneck-Kilianstedtenで発見された大量虐殺被害者が埋められた墓地は新石器時代初期の中央ヨーロッパの共同体による暴力について新しい示唆を与える)」だ。この研究ではドイツ新石器時代初期の発掘現場の一つSchoeneck-Kilianstedtenで発見された26体の虐殺死体の分析が行われ、線状の陶器で特徴付けられる中央ヨーロッパの新石器時代文化では、戦いで一つの共同体全体を虐殺することが珍しくないことを示す論文だ。子供も大人も全てがまず逃げられないように下肢を折られ、さらに多くの死体に拷問跡があるという記述は、人間の持つ残虐性を思い知らされる。我が国の新石器時代はどうだったのか気になるところだ。   最後は8月号のドイツの医学誌Deutches Aerzteblatt Internationalに掲載されたベルリン工科大学からの論文でタイトルは「Deaths following cholecystectomy and herniotomy(胆嚢切除術及びヘルニア切開術後の死亡)」だ。この研究では、ドイツ全土で行われ登録されている、胆嚢切除術15万例とヘルニア切開術20万例のうち術後死亡した例を詳しく分析した研究だ。難しい手術の場合、手術がリスクを伴なうことはよくわかるが、数多くの手術が行われる一般的手術では死にたくないと誰しも思うはずだ。ここで取り上げられた手術は、急性の腹部疾患に対して行われる緊急手術の典型例で、実際ドイツ全土の統計で見ると胆嚢切除術で退院せず死亡する例は0.4%、ヘルニア切除では0.13%で、医師から見るとほとんど問題がないと言える。しかし一般人の感情から言えば、250人に一人が亡くというのはまだまだ心配で、死亡率を減らす努力を進めて欲しいと思うだろう。この研究では死亡例を詳しく分析し、死亡例のほとんどが65歳以上で、心不全、呼吸器疾患、肝疾患、低栄養などが基礎疾患にあることを明らかにし、健康な人はまず心配がないことを示すとともに、基礎疾患がある場合いくら緊急手術でもまだまだ死亡率を減らせることを強調している。このような登録と統計は我が国でもどの程度行われているのだろうか。医師が患者さんの立場に立って考えると言う点でも重要な仕事だと思う。  以上、最近読んだ気になる論文を紹介した。医学研究としてもちろんドイツを代表しているものではないが、しかしなんとなくドイツ全体の雰囲気は代表しているように感じた。

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