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10月30日:そう病を試験管内で再現する(Natureオンライン版掲載論文)

2015年10月30日
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だれでも気が滅入ったり、逆に気分が高揚したりを繰り返して生きている。程度や、それぞれの時期の持続は個人によってまちまちで、いつも憂鬱な顔をしている人や、逆にいつも会うと自慢話を聞かされることになる人など、誰もが日常経験することだろう。例えばソーシャルネットで自分の話を頻繁に書き込む人はだいたい躁の傾向があるはずで、鬱の人の書き込みを見ることは少ない。ただ、これが1型双極性障害と呼ばれる病的段階になると、社会に適応することは難しくなる。私も学生時代ポリクリで診察する機会があったが、初対面の私にも大きな自慢話を多弁に語ってくれた。そう病にはなかなかいい薬がないのだが、炭酸リチウムが効くことが知られている。発生学者にとって塩化リチウムはWntシグナル系アゴニストだが、炭酸リチウムがなぜ一部のそう病の人に効くのか現在もわかっていなかった。今日紹介する中国清華大学からの論文は1型双極性障害患者さんのiPSを用いてこの謎を解明した研究でNatureに掲載された。タイトルは「Differential response to lithium in hyperexcitable neurons from patients with bipolar disorder (双極性障害患者からの興奮が亢進した神経細胞に対するリチウムの選択的効果)」だ。IPSを用いた神経疾患のモデル化はこれまでも多くの論文が発表されているが、その中でもこの研究は最も成功した研究ではないだろうか。研究では型通り6人の患者さんからiPSを樹立、次に海馬の神経細胞を誘導している。こうして誘導した細胞を生理学的に比べると双極性障害(BD)患者さん由来神経は試験管内で強く興奮している。また遺伝子発現でも明らかに正常と異なり、ミトコンドリアの活性に関わる分子の発現が高い。実際ミトコンドリア機能を調べると、活性が著明に上昇しており、逆にミトコンドリアのサイズが小さい。さらに、神経興奮の亢進と対応するカルシウムや神経刺激に関わるシグナル分子の発現が亢進している。すなわちBD患者さんの神経は普通より代謝的にも活動が強く、その結果神経活動が亢進し、それが症状を引き起こしている可能性が示された。この細胞レベルの興奮亢進が本当に病気の原因か調べるために、炭酸リチウムに反応する患者さんと反応しない患者さんからの神経細胞の興奮をリチウムが抑えるかどうか調べ、臨床的に反応した患者さんの神経の興奮が見事に抑えられ、ミトコンドリアの大きさも元に戻っている。さらに、リチウムでPKAシグナルに関わる遺伝子の発現が抑制されることも示しているが、これについてはまだ研究が必要だろう。データを見ると、嘘と違うかと思うほど綺麗で、明瞭なデータだ。これにより、なぜそう病になるのか、またリチウムが効くのかなど解明が進むと期待できる。これまで読んだiPSを使った病気メカニズムの研究の中でも出色の研究だと思う。

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