11月28日:古代人の遺伝子検査(11月23日号Nature掲載論文)
2015年11月28日
アメリカと比べると随分遅れたと思うが、今年が我が国の遺伝子検査元年だと言われている。一般的に考えられている遺伝子検査の重要性は、自分の体質を知り、将来の病気のリスクを知ることだが、これはほんの一部の可能性に過ぎない。実際には私たちのゲノムには、38億年の生物の歴史、そして40万年の人類の歴史が書かれている。これまで人類の歴史は私たちの脳活動から生まれた遺物や記録を元に推測するしかなかった。そこに新しくより身体と密接に関連したゲノムが記録として登場したのが現在だ。ゲノムの変遷から人類の歴史を読み直し、脳活動の産物から解読した歴史と比べるというエキサイティングな研究が今急速に進んでいる。
今日紹介するハーバード大学からの論文はBC6500年からBC300年にユーラシア各地に暮らしていた古代人のDNAを回収して、現在個人遺伝子検査として行っているSNP(一塩基多型)検査を行った研究で、11月23日号のNatureに掲載された。タイトルは「Genome-wide patterns of selection in 230 ancient Eurasians(230人の古代ユーラシア人のゲノム全体にわたる選択の跡)」だ。この研究ではすでにデータが発表されている63人の古代人(63人も既に解析されているのに驚く)に加えて、163人のゲノムを新たに調べている。これを現在行われているのと同じように、120万SNPについて遺伝子型を特定している。調べたのは北欧からカスピ海北部中央アジアにかけて出土した人骨で、アイソトープによる年代測定が確定したサンプルだ。研究には2つの目的がある。一つはユーラシア各地の民族の移動と定着過程を明らかにすること、もう一つは、現代ヨーロッパ人に見られる形質が選択される過程を明らかにすることだ。膨大なデータなので全て紹介することはできないが、いくつか面白い発見を抜き出しておこう。現代ヨーロッパ人のルーツを探る時、現トルコに位置するアナトリアの古代人が鍵になることは知られていたが、アナトリア古代人のゲノムは中近東の現代人とはあまり似ておらず、ハンガリーからスペインにかけての初期農耕民族に似ている。この結果は、ヨーロッパ農耕民族はアナトリア人と祖先を共有していることが想像できる。ただヨーロッパに定着したグループは、もともとヨーロッパにいた狩猟民族と交雑を重ねて、独自の民族に発展している。他の地域の解析も行われているが、この比較により、現在ユーラシアに存在する民族の発展過程がかなりの精度で推定できる。
このような民族の発展は、当然、戦いも含む民族間交流、そして生活環境の変化で形作られて行く。この研究では、各民族を決めることになる身体的特徴がどう選択され定着したかを調べている。各個人間で大きな違いが見られ、民族の形質の選択に関わったと想像出来るSNPを探していくと、少なくとも3種類の多型を持つ12遺伝子座が残る。この中で一番はっきり別れるのが、乳糖分解酵素持続症で、BC2000年頃にヨーロッパで定着している。この形質は牧畜により大人になっても人間がミルクを飲む食習慣と相関しており、ヨーロッパでの牧畜の起源を特定することができる。他にも、ビタミンD代謝、皮膚の色のような日照時間と関連する形質や、農耕生活で不足するエルゴチオネイン吸収システム、そして結核やらい病に対する抵抗性を決める自然免疫など、民族レベルの選択に関わる形質がこのSNPには含まれている。今後、各形質について、他の遺物との比較が行われ、ますますエキサイティングな人類史が聞けるのもすぐだろう。最後に背の高さの違いについても調べている。180cm以上の背の高さと関連するSNPをこの230人について調べると、ヨーロッパの農耕人は背が低く、高い身長はヨーロッパ南東部ステップ(草原)の民族に由来していることがわかる(確かにクロアチア人は今も背が高い)。そしてこの差が、現在ヨーロッパ北部の方が南部より身長が高いという形質につながっているようだ。
最近Nature,Scienceなどに続々登場する新しい人類史の研究は21世紀が個人ゲノムの時代であることをはっきりと教えてくれる。