12月13日:肥満の人の精子のエピゲノムへの影響(2016年2月号Cell Metabolism掲載論文)
2015年12月13日
エピジェネティックスは、子孫細胞へ伝えることのできる遺伝子以外の情報で、DNAに結合するヒストンの様々な修飾、DNAのメチル化、small noncoding RNAの発現、ゲノムのトポロジー制御など様々な機構が集まったものだ。ゲノム解読が終わって、この分野は研究が急速に加速している。これは、ゲノム全体にわたって、このような修飾を詳しく調べることが可能になってきたためで、こうして得られるエピジェネティックな状態をエピゲノムと呼んでいる。同じ遺伝子を持つ体を構成する細胞一つ一つの形や機能が異なるのは、すべてこのエピゲノムの違いを反映している。突然変異が起こらない限りゲノムは変化しないが、このエピゲノムは外界の変化に素早く反応できる。外界からのシグナルに反応して細胞が分化するのも、エピゲノムの変化を反映している。細胞は分裂しても同じエピゲノムを子孫細胞へと伝えることができ、またゲノム全体にわたってエピジェネティックをリセットすることもできる。未受精卵はこのリセット能力が高く、体細胞核のエピゲノムを効率よくリプログラムできる。同じように、形成過程で染色体構造が完全に閉じられた精子のエピゲノムは、受精後卵に備わるリプログラムの機構により完全にリセットされる。この、2段階の過程で、親に蓄積した様々なエピジェネティックな変化の影響を子どもが受けないようにできている。しかし、何事にも完全はない。完全に消せなかった親の因果が子供に伝わることを示す多くの研究が示されてきた。今日紹介するコペンハーゲン大学からの論文は、肥満によって引き起こされる精子自体のエピゲノムの変化を調べた研究で来年2月号のCell Metabolismに掲載される。タイトルは「Obesity and bariatric surgery drive epigenetic variation of spermatozoa in human (肥満と肥満に対する肥満手術治療はヒト精子のエピジェネティックな変化を誘導する)」だ。単純な研究で、BMIが平均31.8の肥満の方10人とBMI22.9の13人の精子のエピゲノムを詳しく比べた現象論的な研究だ。精子はつくられる過程で、ヒストンによる調節がすべて解除される。ただ、2%程度のゲノム領域、特にCpGアイランドと呼ばれる場所にはまだヒストンが残っているようだが、これについては肥満の影響がない。次にsmall noncoding RNAは、染色体構造に関わるグループが肥満により影響される。最後に、メチル化されたDNAの場所を比べると、多くの遺伝子で違いが見られる。特に、脳の発達に関わる遺伝子に違いが大きい。これを確認する意味で、自閉症の子どもを持つ肥満のお父さんの精子を調べると、自閉症で変化することが知られている遺伝子のメチル化に変化を認めることができる。肥満は精子形成時のエピゲノム変化を誘導して、子供のエピゲノムに影響を持つ可能性があるという結論だ。この研究がこれまでと少し違っているのは、肥満治療として行われた胃の容量を減らしたり、バイパスする肥満手術、術後1週間から精子のエピゲノムを変化させるという結果を示した点で、精子エピゲノムの変化が間違いなく肥満によることをより明確にした。ただ、こうして生まれた変化もまた卵によりリセットされる。どの程度の変化がリセットされずに残るのかがわかるまでは、この研究の実際の重要度は測りにくい。