12月30日:タスマニアデビルに見つかった新しい感染性腫瘍(米国アカデミー紀要オンライン版掲載論文)
2015年12月30日
タスマニアデビルはタスマニア島の固有種で、見た目は小さな(50−60cm)ツキノワグマといったところだが、カンガルーと同じ有袋類の仲間で、肉食動物だ。現在絶滅危惧種に指定され、保護のため懸命の努力が行われているが、個体数は減り続けている。この種の存続を脅かすもっとも重大な脅威は、デビル顔面腫瘍性疾患(Devil Facial Tumor Disease, DFTD)の蔓延だ。DFTDはデビルの顔面に発生する腫瘍で、致死率が高く1996年に報告されて以来現在まで、この腫瘍により生息数は3割に減少した。ガンの広がりを食い止める方法が見つからないと、野生のデビルは確実に絶滅すると心配されている。感染性が高いためウイルス性の腫瘍の一種ではないかと考えられてきたが、2006年、DFTDは癌細胞自体が個体から個体へ移ることで広がるのではという驚くべき報告がNatureに発表された(Pearse & Swift, Nature, 439:549, 2006)。その後、ガンゲノムの解読や(Murchison et al, Cell, 148:780, 2012)、細胞起源の研究(Murchison et al, Science, 327:84, 2010)より、1996年以前ある個体に発生したシュワン細胞起源のガンが、個体から個体に伝搬していることが明らかにされた。実際、これまで調べられた全てのDFTDは同じ起源を持つクローン細胞であることが確認されていた。
今日紹介するタスマニア大学を中心としたオーストラリア、英国の共同論文は同じような伝搬性の、これまでとは違う新しいタイプのDFTDがタスマニア島南部に発見されたという恐ろしい研究で米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「A second transmissible cancer in Tasmanian devils (タスマニアデビルに見つかった2番目の伝搬性のガン)」だ。
最初見つかったガンをDFTD1、今回新たに見つかったガンをDFTD2と名付けている。DFTD1は最初北東部で発見され、南部へと拡大した。ガンの広がりを調査する過程で、南西部に発生した DFTDの中に、症状はほとんど区別できないが、組織学的には全く異なるガンが発見された。遺伝的な解析を行うと、この組織型のDFTDは全て同じ起源から発生していることが確認された。重要なのは、組織型だけでなく、遺伝子型もDFTD1と異なる新しい起源のDFTDであることが確認されている。例えば、DFTD1はメス由来だが、DFTD2はオス由来で、現在は南西部に限局している。
以上の結果から、
1) 細胞自体が伝搬するガンの発生は稀なことではない、
2) 2番目のガンが発見されたことは、他にも同じような第3、第4のガンが存在している可能性を示す、
3) タスマニアデビルの習性から考えると、接触による細胞伝搬を防ぐことは簡単ではない、
など、タスマニアデビルの直面している絶滅の危機の深刻さが明らかになった。最近National Geographicは、ガンに抵抗性のある個体が増えてきたという話を紹介しているが、2番目のガンがあるとなると、希望の光も消える心配がある。ともあれ、両方のガンでゲノムや細胞起源はわかっており、それを元に様々な対策を考えることができると思う。しかし、安易な自然への介入がより深刻な危機を招くことも十分予想される。おそらく唯一できるのは、未感染の個体を隔離して増やし、絶滅に備えることだけかもしれない。