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1月14日:ゲノム医学の教育(1月11日アメリカ医師会雑誌掲載意見論文)

2016年1月14日
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   昨日の日本経済新聞に、国立がんセンター中央病院が遺伝子診療部門を開設し、ガンの遺伝子検査を日常診療に取り入れることを発表したことが報道されていた(http://www.nikkei.com/paper/article/?ng=DGKKASDG12HAH_S6A110C1CR8000)。日経としては新しい一歩として報道したと思うが、論文から読み取れる世界の動向から判断する限り、日本を代表する病院がこのありさまかと、世界とのギャップを浮き彫りにする記事になっている。ガンについて言えば、たんぱく質に翻訳される遺伝子配列を調べるエクソーム検査が当たり前になり、先端の病院では全ゲノム解析も始まっていることを考えると、ようやく日本最大の病院で始まったという記事は、日本はおそらく5年以上の遅れがあることを示している。一方で、検査自体はどんどん安くなっている。我が国ではシークエンサーを購入して自分で配列決定をすることから始めるのが普通のようだが、今やアメリカの国家基準で定められたCLIA基準を満たすエクソーム配列決定は3万円程度に下がっている。すなわち、我が国のどの病院でも、お金さえあればすぐ導入できる検査なのだ。この状況を受けて、アメリカはさらに一歩先に進もうとしている。今日紹介するペンシルバニア大学からの報告は、医学部1年生に解剖実習と並行してゲノム医学を教えるというプログラムで1月11日号のアメリカ医師会雑誌に掲載された。タイトルは「Integrating cadaver exome sequencing into a first-year medical student curriculum (医学部一年生のカリキュラムに解剖用の御遺体のエクソーム配列決定を統合する)」だ。
  確かに、技術が進み、ゲノム検査が当たり前になっても、医師のゲノム教育が追いついていないのが現状だ。これをどれだけ迅速に達成するか、これがアメリカの重要な課題になっている。幸いアメリカではPatient Portalなど、自分の医療データを個人が持ち運べるシステムが出来上がりつつあり(もちろん保険にもよるが)、生涯教育の一環としてゲノム医学を学ぶ必要は理解され始めている。これと並行し、ゲノム医学に精通した将来の医師を育てる必要がある。シークエンシングが安価になったことから、学生さん一人一人のエクソームや全ゲノムを読んで、具体的にゲノム解析に慣れてもらうという可能性も検討されているようだが、どうしてもプライバシーが含まれる情報を教育に使っていいのかというハードルがある。そこでペンシルバニア大学では、医学教育スタート時に、自分の担当する解剖の御遺体のDNAを採取、そのエクソームを業者に解析してもらって、医学教育に活かすというアイデアを検討しているようだ。問題は防腐処理を施した御遺体からDNAが採取できるかだが、これも解決済みのようだ。これが可能になると、解剖しながら、髪の色、皮膚の色、様々な体の形質、そして多くの御遺体が持っている病気を、解剖を通して学びながら、常にゲノム情報と対応させて考えることができる。当然、そのためにはゲノムデータベースをどう使うかなども学ぶことになる。学生自身のゲノムデータでは若いこともあり、病気との関連は難しいが、御遺体の多くは年齢も高く、何らかの病気もある。実際私が学生時代受け持った御遺体は膵頭部のガンで、身体中に転移があった。その意味では、さらに進んでガンのエクソームも可能かもしれない。このレポートでは、さらにゲノムにまつわる倫理もこれにより理解できるとまで踏み込んでいる。
  エクソーム検査が3万円なら、もちろんやる気になれば、我が国も導入することは簡単なことだ。しかし教える教師がいるのかと考えると、お先真っ暗になる。一旦遅れが始まると、ますます拡大再生産され、気がついたら我が国はゲノム後進国になっているだろう。今行動が必要だ。

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