これまで、例えば初潮年齢など身体的性成熟指標について遺伝子多型との相関を調べる研究は進められてきた。ただこの研究ではさらに踏み込んで、自己申告による初性交渉(初体験)の年齢と相関する多型を全ゲノムにわたる4600万SNPについて調べている。並行して、初産年齢、子供の数など、より身体的指標と相関するSNPも特定して、初体験SNPと比較している。
調査によると、英国の若者の初体験年齢は男女共18歳で、わが国の20代の若者で行われた統計より少し早い程度だ。この年齢を、他の性や身体的成熟指標と比べると、思春期開始年齢が早いほど初体験が早く、また肥満度が高いほど初体験が早い。一方、身長は関係ないか、逆相関している。面白いことに、ヨーロッパの統計では思春期開始年齢と教育レベルは反比例しているが、この結果と一致して、初体験年齢も大学教育率は反比例している。一番納得できるのは、初体験が早いと、初出産も早く、多くの子供を持つという相関で、この結果高等教育が中断されるのかもしれない。このように、一人の人間が抱える様々な要因は複雑に絡んでおり、そのうちの一つの要因を取り上げて調べたゲノムとの相関は、絡み合う全てが合算された結果になることを頭に入れておく必要がある。
こうして得た初体験年齢と相関するSNPを調べると、なんと33箇所も見つかっている。相関が見つかったSNPの意味づけのため遺伝子同士の相関を調べると、「概日周期」「テロメアのパッケージング」「RNAポリメラーゼIのプロモーター活性化」「Notch経路」と相関しているらしいが、私たちの直感とはかけ離れている。
さらに個々のSNPの近くにある遺伝子の機能と、初体験の年齢を説明できるか調べているが、はっきり言って簡単でないというのが結論だろう。バイオインフォーマティックスを使って相関する遺伝子ネットワークの重なりを調べると、自閉症や、統合失調症のリスクと、初体験年齢とが重なる結果が得られているが、初体験年齢はリスクをいとわない精神性とも相関しており、初体験年齢が性格とも関わるという以上のことはなかなかわからない。
初体験年齢と相関があった個々のSNPを調べても、この結果の意味を理解するにはまだまだ時間がかかることがわかる。例えばCADM2と呼ばれる神経接着因子遺伝子の近くのSNPは、リスクを厭わない性格、セックスフレンドの数、子供の数などとも相関しており納得できるが、同じように肥満係数とも相関があるため、実際の因果性を説明するには時間がかかるだろう。
極め付きは女性ホルモン受容体のイントロン部分にあるSNPとの相関で、英国バイオバンクだけでなく、デコード社のデータでも今回の結果は再現できており、また性ホルモンとの相関は直感的にも納得できるが、従来の研究で様々な性成熟形質と相関があるとして同じ遺伝子近くに特定されたSNPとは全く異なっており、解釈は難しい。
このように、まだまだ現象論的段階で、納得いく説明は難しいというのが本当のところだろう。ただ、最初「初体験のゲノム」として世間受けを狙う興味本位の仕事ではないかと思ったが、精神、身体が密接に絡んだ様々な形質を発掘してゲノムと相関させるという努力は、21世紀の重要な課題で、是非授業にも使っていきたいと思う。その意味で、自己申告による初体験年齢は目の付け所の良い指標と言える。すこし馬鹿げていると思えるようなことにチャレンジする若者が我が国にも多く出てきてほしいと願っている。