最初はポーランド・ワルシャワ大学とチェコ・カレル大学からの論文で、、ミトコンドリアを完全に失ったMonocercomonoidesと呼ばれるトリコモナスに近い真核生物がいることを証明した研究だ。タイトルは「A eukaryote without a mitochondrial organelle (ミトコンドリアのない真核生物)」だ。
真核生物の特徴の一つはミトコンドリアを持っていることだが1980年、一部の真核生物はミトコンドリアを始め様々なオルガネラが欠損して、アルケアに近いと考えるArchezoa説が唱えられた。しかし、ミトコンドリア関連オルガネラの存在がみつかり、この説は形態的にもゲノム的にも間違っていることが証明されて、すべての真核生物はミトコンドリア、あるいはミトコンドリア関連オルガネラを持つという命題が受け入れられてきた。
この研究ではMonocercomonoidesの全ゲノムを解読し、この生物にミトコンドリアはおろか、ミトコンドリアを特徴付ける分子がほぼ完全に欠損していることを明らかにした。すなわち、ミトコンドリアもミトコンドリア関連オルガネラも存在しない真核生物が存在しうることが示された。
研究ではまず、Monocercomonoidesゲノム中に現存の真核生物のミトコンドリアに存在する分子の特徴を持つ分子が完全に欠損していることを確認している。その上で、エネルギー生産は嫌気的なグリコリシスで行われること、そして鉄硫黄タンパク質合成系のCIS経路は全く存在しない代わりに、原核生物の持つSUF系を導入して細胞質でFe-Sアッセンブリーを行っていることを明らかにしている。
この結果から、Monocercomonoidesはもともとミトコンドリアを持つ完全な真核生物だったが、嫌気環境に適応してミトコンドリアを消失。同じ環境の多くの生物はFe-Sアッセンブリーのためにミトコンドリア関連分子を保持し、2重膜を持つミトコンドリア関連オルガネラを持つようになったが、Monocercomonoidesだけは原核生物から獲得したSUF系のおかげでミトコンドリア関連オルガネラも完全に消失することができたというシナリオだ。必要なくなればミトコンドリアといえども完全に消し去るのが生物だ。
もう一編のタンザニア、ケニア、アメリカからの共同論文は進化研究の定番「キリンの首はなぜ長い?」についての研究で5月17日号のNature Communicationに掲載された。タイトルは「Giraffe genome sequence reveals clues to its unique morphology and physiology (キリンのゲノムはその特異な体型と生理の手がかりを与えてくれる)」だ。
この定番ともいうべきキリンのゲノムがまだ解読されていなかったのは驚きだが、研究ではマサイキリンと首のまだ短い仲間オカピの全ゲノムを解読し、この疑問に答えようとしている。キリンとオカピは他の有蹄類から2800万年前に分離し、オカピとキリンは1100万年前に分離している。研究ではキリンへの進化で大きく変化した遺伝子を拾い出し、それぞれの分子の機能を調べ、形質の変化と対応させるという手法を用いている。
結論としては、幾つかの鍵となる分子を中核として多くの遺伝子が並行に変化することでキリン特有の骨格が生まれるという常識的なものだ。ただこの中から変化の鍵として提示している分子は確かに面白い。骨格でいえばFGF受容体と拮抗する阻害分子FGFRL1が大きく変化している。FGFシグナルを阻害すると鶏の首が伸びること、あるいはこの突然変異で骨格の大きな変化が起こることが知られており、この分子の変化を皮切りに様々な分子が並行進化するというシナリオはわかりやすい。他にも、長い首の先にある頭に血液循環を維持するための血圧維持機構に関わる分子の変化が集積していたり、あるいはキリンで多くの染色体が融合した原因になったと考えられるMDC1分子の大きな変異の発見など、いろいろな課題を拾うことができている。
ただ残念ながらゲノム解析ともっともらしいシナリオだけでは、トップジャーナルにゲノム研究を掲載するのが難しくなっている。今回得られた課題を遺伝子編集を用いてマウスに導入することで、首の長いマウスを作ることが要求されるだろう。
「首の長いマウスが生まれるのを首を長くして待とうと思っている」