この研究の責任著者のFabio Falchiさんの所属する研究所はInstituto di Scienza e Tecnologia dell’Inquinamento Luminoso、すなわち「光害」科学技術研究所で、この社会問題に特化した研究所があることに驚く。
論文のタイトルは「The new world atlas of artificial night sky brightenss(夜空の人工光輝度についての世界地図)」で、6月10日Science Advanceにオンライン出版されている(Fabio Falchi et al, Science Advance, e1600577, 2016)。
人工光源による夜の明るさを正確に示した世界地図を作ることがこの研究の目的だ。最初掲載された写真を見て、衛星からの画像を分析しただけかと思ったが、論文を読んでみるとさすが光害科学技術研究所からの仕事だけあって、測定に大変な努力を払っている。
もちろん衛星写真データは、地図作成にとって最も重要な位置を占めており、フィンランドの極軌道を旋回する衛星から各地点を6ヶ月にわたって測定し、雲や雪など様々な条件を補正した世界地図を作り上げている。
この地図をさらに正確にするため、「天頂」の輝度を各地点で測定するとともに、グーグルマップ作成時のように、車両に積んだ夜空の質を図る装置「Light quality meter」を用いて全ての大陸の様々な地点で測定を行い、約10000カ所での正確なデータをはじき出している。
最終的にどう処理したのかは専門でないのでわからないが、これらの膨大な測定をもとに、夜の明かりの世界地図が作成され、何枚かの図に分けて掲載されている。なかなか美しいロマンチックな図だ。
さてこの結果を一言で表すのは困難だが、まず現在地球上に住む人間の80%、米国やEU、そして我が国でも99%がまったく自然の夜空を知らずに生きていることに驚く。
この論文では、天の川を見ることができるかどうかで線を引いて、天の川を見ることができない人の割合を各国で比較している。もっとも人工光の影響が強い国がシンガポールで、ここでは夜空自体が存在しない。次いで、クェート、カタール、アラブ首長国連邦、サウジアラビアと中東産油国が続き、アジアで最初に来るのが韓国になる。
我が国はと目を凝らしてデータを探すと、アメリカやロシアより天の川を毎日見ることができる人口は多いが、それでも70%の人は天の川を見られない場所で生活している。 他にも、例えばガザ地区や、リビア、エジプト、そしてアイスランドまでが我が国より悪い数値になっている。 誤解のないようもう一度この数値を説明すると、夜空を汚染する人工光の輝度を6段階に分け、それぞれの領域で生活する人口の割合を比較に使っている。したがって、自然の夜空が存在する面積ではない。 すなわち、人口が都市に集中すればするほど、この数値は悪くなる。したがって、エジプトやリビアまでが我が国より汚染されているということになるが、決してリビアの砂漠の夜空が失われたわけではない。 一方、天の川の見られる場所の面積も示されている。G20の国でみると、我が国の60%の場所で天の川が見られる。この数値は、ドイツやフランスよりよく、要するに少しドライブすればまだ天の川を見ることができる。 あとはこの結果をどう受け取るかだ。日本人としては、七夕の天の川がなくなるのは寂しいが、しかし1時間もドライブすれば天の川を見ることができるなら深刻な問題にならないだろう。正直な気持ちを述べると、個人的には、真っ暗な夜道の方が不安を感じる。確かに「光害」も社会問題だが、これを社会問題として受け止められるようになったら、その国は物心両面で豊かな、成熟した国と言っていいだろう。我が国にそんな日が来るのだろうか。