このHPをオートファジーで検索すると、14編の論文が出てくるので、この現象の広がりを理解するための参考にしてほしい。
いずれにせよ、水島さんや吉森さんなど、大隅さんの優れた弟子たちが活躍しているので、オートファジーの解説に私の出番はない。代わりに、一言だけ感想を述べる。
大隅さんは、細胞の形態という揺るぐことのない現象の背景にある複雑な分子メカニズムを解明した細胞生物学者だ。現象は違っても形態と分子をつなぐ細胞生物学研究分野には世界をリードする日本人研究者が多い。細胞間結合で優れた研究を残した月田さんもその一人だ。残念ながら、月田さんは亡くなってしまったが、大隅、月田の両人が東大を離れた後、岡崎の地で自分の研究室を立ち上げたことは、私には偶然でない気がする。
岡崎研究機構には、生理学研究所と、基礎生物学研究所があるが、「基礎生物学研究所」という名前は、当時の文部省が「基礎生物学」を積極的に推進した歴史を語る証となっている。この時の精神は、科技庁と合体して新しく再編された文科省には残っていないようだが、今回のノーベル賞は、大隅さんの研究が「基礎生物学研究所」で行われ、旧文部省も基礎研究を推進するためわざわざ新しい研究所を設立する気概を持っていたことをもう一度思い出すいい機会になったのではないだろうか。
前置きが長くなってしまったが、今日紹介したいカリフォルニア大学バークレー校からの論文は視細胞が失われた網膜機能を化学物質で取り戻すという研究で10月5日号のNeuronに掲載された。タイトルは「How azobenzene photoswitches restore visual response to the blind retina (いかにしてazobennzene光スイッチが失明した網膜の視覚反応を取り戻すのか)」だ。
一昨年2月24日、光により構造変化を起こす化学化合物を眼球内に注射すると、もともと光に反応しない網膜神経節細胞が光に反応して視覚を回復させることができることを示した同じグループからの論文を紹介した(http://aasj.jp/news/navigator/1194)。この現象は素晴らしい話だが、実はなぜ化合物を注射するだけで視覚が回復するメカニズムについてはよくわかっていなかった。
化合物が網膜神経節細胞内にどのように浸透するのか?網膜神経節細胞は光に対してOn型、On/Off型、Off型の3種類があり、全体が統合されて光を感じるが、もしこれら全てが化合物で同時に興奮するとしたら脳は混乱するはずなのに、光が感じられるのはなぜか?など、解くべき問題が残っていた。
この問題を解明したのが今回の研究で、
1) 光スイッチ化合物は、視細胞の変性に反応して神経節細胞に起こる変化の一環として発現するP2X受容体を介して細胞内に侵入する。
2) 前回ももちいた光スイッチはシアンチャンネルに結合して、光感受性のチャンネルを形成する。ただ、化合物を変えるとナトリウムチャンネルや、カリウムチャンネルを光感受性に変えることができる。
3) 不思議なことに、P2Xを介して光スイッチが流入するのはOff型の網膜神経節細胞に限られる。
以上、光スイッチ化合物がどうして網膜神経節細胞内のチャンネルを光感受性に変えることがほぼ明らかになった。
これまで光遺伝学では光感受性チャンネル遺伝子を細胞に導入して細胞を光により興奮させていたが、この方法は、全く新しい光生理学の始まりといえるだろう。
ある波長の光の吸収によって立体化学構造が変化(光異性化)する分子をフォトクロミック分子と呼びます。波長のコントロールでOn/OFFが切り替えることができればスイッチングが可能ですが、これをイオンチャネルの開閉に用い視細胞の活性化に用いる大変面白い研究です!
また、もともと我々の視覚はオールトランスレチナールと11‐シスレチナールの光異性化を起点とするロドプシンからの信号入力に依っていることを書き添えます。
学生時代、同室の研究者がイカや牛の眼球からオプシンを抽出し、各種レチナール類縁体とロドプシンを再構成させ、光応答性の変化を研究していたのを思い出しました。
将来、網膜以外でも使われる技術に思えます。
巨視的には閉塞した冠動脈にステントを入れるようなイメージを思い描きますが、侵襲性の低さとターゲット特異性は低分子ならではの技術です。
先生!やはり作用部位へ適切な化合物を送達させる技術。また、身体は作用部位まで透過する適切な波長の選択が重要ですね。その波長に反応するフォトクロミック分子の設計も化学者の腕の見せ所です。