まあ、そんな悪癖の思い出はどうでもいいが、実際タバコが私たちのゲノムにどのような影響を及ぼすかを調べた論文が米国ロスアラモス国立研究所と英国のサンガー研究所から発表された。我が国のがんセンター、理研、京大も共同著者として参加している。タイトルは「ガンに見られる突然変異の内、喫煙による変異の特徴について」」だ。
喫煙者のガンでは、非喫煙者のガンに比べ突然変異の数がダントツに多いことはすでに報告がある。ただ、タバコは、決してニコチンとタールの害と簡単に片付けられないほど複雑な化学物質を含んでおり、発がん性が認められるとされている化学物質が六十種類は下らないとされている。この研究の目的は、喫煙者に発生したガン2490、及び喫煙歴の全くない人に発生したガン1063を集め、全エクソーム解析(一部は全ゲノム解析)を行い、突然変異の起こり方の特徴から、タバコが私たちのゲノムにどのように働くのか調べることだ。
さて、これまでの研究と同じでガンのゲノムに起こった突然変異は喫煙者で圧倒的に多い。例えば小細胞性肺がんでは非喫煙者で3個しかないのに、喫煙者のガンでは145個と跳ね上がる。肺だけではなく、ほとんどのガンで喫煙者の方が突然変異の数が多い。
次に、それぞれのガンで多く見られる突然変異のタイプを詳しく分類して、4型と呼ばれる特徴が喫煙と強く相関していることを明らかにしている。
4型はタバコに含まれる物質で言えばベンズピレンにより誘導される塩基置換に対応している。このタイプは、煙に直接晒される細胞のガン(肺がん、こう頭ガン、口腔ガン、食道ガンには見られるが、他のガンではほとんど見られない。したがって、タバコにより多くのガンで突然変異が増える場合も、全てが直接DNAに働いて変異を起こしているわけでない。
では直接作用が認められない他のガンで喫煙はどのように作用しているのか?例えばどのガンでも普通に見られる5型の特徴を考えると、喫煙により全身の細胞の老化が進み、その結果としてこのタイプの突然変異が増えていると説明できる。
また、APOBECと呼ばれるデアミネーゼが関わる2型、13型では、タバコの粒子により誘発される炎症が背景にある可能性を示唆している。
タバコによって上昇する他の型についても議論しているが、これ以上紹介は必要ないだろう。
要するに、タバコの害は含まれる突然変異誘発物質によるだけでなく、老化や炎症を介して全く異なるタイプの突然変異も上昇する。例えば、胃がんや膀胱癌もタバコにより突然変異が増えるのは後者によると考えて良さそうだ。
肺ガンでいうと1日20本を一年吸い続けると150個の新たな突然変異が生まれるようだ。この計算でいけばタバコをやめたとはいえ、私の場合突然変異の数は5000個に近いことになる。
ただ、一つだけ喫煙者を絶望させない話もしておこう。ここで数えられている突然変異はガンで見られる突然変異で、ガンになる前の細胞でも同じことが言えるかどうかはわからない。もちろんガンになる変異にも影響があることは間違いないが、あとは癌細胞が増殖しながら進化する中で急速に変異が蓄積されたと考えていい。実際、ガンになる前の細胞ではこれほど多くの変異はないという研究もある。
いずれにせよ、私の場合もう手遅れだ。