今日紹介するスイス・ローザンヌ工科大学からの論文は、サルの脊髄損傷モデルを用いて、自分の体重を支えるための下肢の機能を同じ方法で回復させられる可能性を示した論文でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「A brain-spine interface alleviating gait deficits after spinal cord injury in primates (脳と脊髄のインターフェースにより猿の脊髄損傷後の歩行障害を軽減する)」だ。
この研究では、足の筋肉を支配するほとんどの神経が通っている第5腰椎(L5)の硬膜外に平面的に刺激の強さを変化させられるパルサーを設置し、このパルサーを運動時の脳活動と同調させることで、下肢の運動を制御することを目指している。このため、下肢を制御する脳領域に96チャンネルの電極を設置、足の運動時の筋肉やL5の神経活動と同時に記録して、脳の活動と、脊髄での運動神経の活動、そして筋肉の運動がどう相関するかを計算し、脳活動記録を硬膜外刺激へと変換するインターフェースを作成している。すなわち、脳からのシグナルを無線でインターフェースへ送り、次にインターフェースで脳活動を解読し硬膜外からの平面的刺激に転換することで足の動き全体を回復できないか調べている。
これまでラットを用いた実験ではうまくいっているが、今回はより人間に近いサルを用いてこの技術を検証している。サルを用いているため、全損傷実験などは倫理上許されないようで、片方だけ損傷して、インターフェースと硬膜外電極を損傷した側に設置し、電気的接続をオンにした時とオフにした時で比べる手法を取っている。
結果だが、自然に再生が起こる前の、損傷後6日からこの方法でサルはトレーニングしなくとも自然に運動機能を回復し、この回復はインターフェースをオフにすると失われるので、脳・脊髄インターフェースのおかげで回復していることが確認でき、この方法の可能性を期待させる。
もちろん、人に応用するためには、正常人での記録、正常人と麻痺患者さんの硬膜外刺激での筋肉運動の記録など、まだまだ乗り越える課題は多い。しかし、原理的にはこの方法で大きな運動の枠組みを保証できる可能性が生まれたと思う。例えばこれに細胞移植を組み合わせるなど、まだまだ発展できる余地があり、期待できる結果だと思った。
今年の3月、講義のためにローザンヌ工科大学に行ったが、その時様々なエレクトロニクス機器を制作してくれる専門家のバックアップ体制に驚いた。このような体制があって初めて、生物や医学の研究者がアイデアを実現できる。一方、我が国ではまずパートナー探しから始めなければならず、この差は大きい。我が国の問題は、決して基礎研究軽視だけではない。トランスレーションですら、異分野連携の難しさなど、要するに体制疲労が目立ち始めている。根本的改革が必要だとおもう。