タイトルにあるように変異型KRASはガンをガンたらしめている最も重要な分子だが、正常細胞には存在しない。すなわち、ガン抗原としての資格がある。KRASは薬剤の開発が難しいが、これを抗原にして免疫を成立させればこれほど都合のいいことはない。この研究は最初からKRASに対する免疫療法を目指していたわけではない。ガン組織に浸潤しているT細胞を試験管内で増幅してから患者さんに戻す免疫療法の治験を行っていた患者さん12例のうち1例の患者さんで変異型KRASに対するキラーT細胞を確認し、またこのT細胞を移植した患者さんでは、7箇所あった転移巣の6箇所が消失し、効果がなかった1箇所も除去できたという、1例報告だ。
1例報告とはいえ重要なメッセージの多い論文だ。まず、KRASに対してキラーT細胞が誘導できることが明らかになった。次に、この症例では幾つかのKRASに対するクローンが混じっており、移植後の定着の程度はクローンにより異なっている。そして、キラーT細胞を移入した同じ患者さんで、他の転移巣は全て消失したのに、全くT細胞が作用できなかったガンもあること(おそらく環境の問題)は、ガンの免疫療法を考える上で重要な発見だと思う。この点の分析から、治療法はさらに改良されるだろう。
この研究では、変異KRASに対するT細胞受容体も特定しており、将来はこの遺伝子を患者さんのT細胞に導入する治療も可能になるだろう。また、KRASペプチドに対するキラーT細胞の樹立も今後さらに加速するように思う。まだ一例とはいえ、大きなブレークスルーになる気がする。
もう一編はボストンにあるベス・イスラエル医療センターからの論文で、急性骨髄性白血病の細胞と、患者さんの樹状細胞を細胞融合させ、それをワクチンとして免疫に用いる治療法の治験に関する論文で、12月7日付のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Individualized vaccination of AML associated with induction of antileukemia immuneity and prolonged remission(緩解期の急性骨髄性白血病(AML)に対する個人用ワクチン治療は白血病に対する免疫を誘導し緩解期を延長する)」だ。
詳しい方法は省略するが、この研究のハイライトは、白血病細胞と樹状細胞を細胞融合させた細胞をワクチンとして使うというアイデアが全てだ。実際には、治療前に白血病細胞や樹状細胞を採取、その後化学療法で緩解を誘導する。ただ、AMLの場合緩解が長続きしないことはよくわかっている。緩解導入後、白血病細胞と樹状細胞を融合させた細胞を放射線処理して皮下に注射し経過を見ている。
驚くことに、17例の患者さんのうち12例で免疫が成立し、現在平均で四年以上にわたって緩解が続いているという結果だ。この中には70歳を越した患者さんもおられ、驚くべき結果だ。
これまでのように樹状細胞にガン細胞を食べさせる代わりに、細胞融合してしまうというアイデアは面白い。そして、これまで骨髄移植が困難だった高齢者のAMLや骨髄異形成症候群の治療に大きな光が見えてきたと思う。移植後は他の治療を一切行っていないことから、うまくやれば安上がりだ。チェックポイント治療を提供する会社も真っ青になる結果だ。ぜひ我が国でもサービスが始まることを願う。しかし、免疫系の力はすごい。
いつも興味ある報告のご紹介ありがとうございます。
たいへん勉強になっっています。
今回のNEJMからの報告は、肺がん患者さんではなく、大腸がん肺転移の患者さんではないでしょうか?
ご指摘の通りです。訂正しておきます。
1:KRASに対してキラーT細胞が誘導でき免疫療法に使える可能性あり。
2:白血病細胞と樹状細胞を細胞融合させた細胞をワクチンとして使える可能性あり
→融合細胞はガンの性質(無限増殖)は遺伝してないのでしょうか?
チェックポイント治療を提供する会社も真っ青
→こういうのが、パラダイム破壊型イノベーションなのでしょうか?国際競争を生き抜くために必要な。