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12月18日:ガンのビッグデータ情報処理の産みの苦しみ(Nature Communication DOI: 10.1038/ncomms13404他)

2016年12月18日
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最近、我が国の経済系の新聞や医療情報誌に、「xxの機関がガンの早期診断や治療にビッグデータの利用に乗り出した」と言った記事が多い。ただある程度内内のことを知っているものから見ると、手を挙げている人が本当に真剣に取り組んでくれているのか心配になる。はっきり言うと、また国からお金を引き出すためのアドバルーンかと勘ぐってしまう。というのも、例えばガン領域で言えば、我が国のゲノム研究は遅れており、またインフォーマティックスについてもなるほどと思わせる論文はおろか、なんとか新しい方法を目指して苦しんでいるなと思わせるような我が国からの論文にお目にかかることができない(私が見ている範囲の話で、間違いなら嬉しい)。
私から見れば、この差を埋めるのは新しい研究者で、決して既存の研究者ではないと思う。一方世界レベルで見ると、ガンのデータから治療戦略を探るための研究は盛んだ。正直、簡単でないという印象を持つが、それでも産みの苦しみを感じることができる。
   今日紹介するドイツ・マルティンスリードにあるマックスプランク研究所からの研究は産みの苦しみの典型で、Nature Communicationに掲載された(DOI: 10.1038/ncomms13404)。タイトルは「Direct identification of clinically relevant neoepitopes presented on native human melanoma tissue by mass spectrometry (質量分析を用いたメラノーマが提示している臨床に役立つネオ抗原の同定)だ。
   免疫システムにはガンを根治に導くことが明らかになって、ガン治療の王道の一つが、ガン特異抗原を見つけ、それに対する免疫を誘導することだとわかっている。ただ、一つのガンは多くの突然変異を持っており、どの抗原に患者さんが反応しているのか特定するのはできていない。現在ガンのエクソームからインフォーマティックスを用いて抗原を特定するアプリケーションの開発が進んでいるが、配列だけから予測できる日はまだまだ遠い。
   この研究はエクソームだけでなく、腫瘍組織から直接組織適合性抗原に結合するペプチドを精製して解析することで、臨床に使えるガン特異的抗原を見つけられないか調べた研究だ。膨大なデータを集める大変な研究だが、はっきり言って成功したとは言い難い。論文は雑然としており、最後の結論は寂しい。簡単にまとめると、25人の患者さんからガン組織で提示されているペプチドを解析すると、メラノーマ抗原として知られていた分子由来のペプチドが上位を占め、またリン酸化ペプチドも多く発見される。このランキングは将来のインフォーマティックスやワクチン開発には役立つかもしれない。ただ、今のままでは混乱があるだけだ。というのも、5人を選んで、実際の免疫に関わる変異タンパク由来ペプチドを探索してみると、このリストのトップにくるタンパク質由来ではない。なんとか臨床に関わる11のペプチドが特定できたが、そのうち8つは一人の患者さん由来で、また免疫反応が8キル特定できるのは2つだけだ。さらに、最初反応があっても、ガンの進行とともに免疫が落ちるという結果だ。
   大変な実験の割に、結果が華々しくないため論文を発表するのに苦労したのだろう。ただ、それでもなんとか王道を行こうという意気込みが見える。この産みの苦しみを繰り返すしか、新しい治療は生まれない。
   同じことは、拡大しつつあるデータベースから、ガン発生に関わるドライバー遺伝子を発見するためのアルゴリズム開発を目指した研究についてのジョン・ホプキンス大学から米国アカデミー紀要に発表された論文にも見られる。タイトルは[「Evaluating the evaluation of cancer driver genes(ガンドライバー遺伝子の評価を評価する)」だ(www.pnas.org/cgi/doi/10.1073/pnas.1616440113)。詳しくは述べないが、この研究では現在進むガンのドライバー遺伝子探索ソフトを機械学習を通して評価するプラットフォームを開発している。印象だけを述べると、そう簡単ではなく、これまでの知識で整理できる地点にまだまだ来ていないと思う。
   しかし、この産みの苦しみについての論文ですら、我が国から本当に生み出されているのか心配になるほど、少なくとも私が目にする機会がない。

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