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1月14日:文化とリズム感覚(2月6日発行予定Neuron掲載論文)

2017年1月14日
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   個人的興味から、音楽や言語に関わる心理学や、脳科学については今年も積極的に紹介したいと思っている。この領域の研究で最も面白いのは、研究者逹がどのようにして、極めて複雑な音楽や言語の中から一部の要素を取り出し、それを科学的な指標に変えて分析するかという課題の設定だ。この能力は誰もに備わっているわけではない。言語や音楽にかなり専門的な知識がないと、課題の設定どころか、問題設定すら難しい。かくいう私も、自分がこの領域を研究する側に立つことなど想像だにできないが、それでもこのような論文は大変面白い。
   今日紹介するコロンビア大学からの論文は私たちの持つリズム感を科学的に測定しようとした研究で2月6日発行のNeuronに掲載予定だ。タイトルは「Integer ratio priors on musical rhythm revealed cross-culturally by iterated reproduction(音楽のリズムの整数比は繰り返して再現することで文化の違いがわかる)」だ。
   会議などで様々な国の人と一緒になると、私たちの持っているリズム感は生まれつきではなく、文化や訓練により醸成されていることを感じる。私自身はリズム感がない方なので、特に違いを感じることが多い。この研究では、この文化や訓練で獲得されたリズム感を将来科学的に研究できるようにするための方法論の確立を目指している。
   論文を読むと、論調が若々しい。少し気になって著者のJacobyさんをウェッブで調べると、2000年にヘブライ大学数学・物理学科を卒業の若手研究者で、MITでポスドクをした後、コロンビア大学で独立しているようだ。このようなユニークな若手がどんどん活躍できることが、このような分野では重要だ。
   さて研究だが、MRI、脳波計、PETなどの大掛かりな機器は全く使っていない。リズム発生器と、被験者の発するリズムの測定法があればそれで十分。どの研究室でも安価に出来る実験だ。様々な実験を行っているが、タン、タン、タン〜(1:1:2)といったように様々な整数リズム、時によっては非整数のリズムを聞かせながら、それを指のタップでなぞってもらう。その後で、同じリズムを今度は思い出してタップで再現してもらう。場合によっては声でリズムを刻んでもらう。この被験者がタップや声で再現したリズムを著者らがリズムスペースと呼ばれる3次元空間にプロットし、それを2次元表示したものを指標として使っている。
   もともと私たちには文化や訓練によるリズム感が刻まれてしまっているため、初めて聞くリズムをなぞるには慣れが必要だが、繰り返すと被験者がなぞったリズムは、聞かせたリズムの周りの一定の範囲に集まってくる。このパターンは、指タップでも、発生によるリズムでも同じような分布を示す。また音楽家と素人でそれほど大きな差はない。こうしてプロットしたパターンを調べると、どのリズムが被験者にとってなぞりやすいかがわかる。例えば1・1・2や2・1・1、1・2・1などのリズムはアメリカ人がもともと持っているリズム感に近いことがわかる。
  この研究のハイライトは、次に西欧音楽には触れたことのないアマゾンの原住民に同じ実験を行い、プロットのパターンが大きく異なることを示している。アマゾンの原住民は1・1・1 あるいは1・1・2に強くバイアスがかかっており、3・2・3、2・3・3に対して全く反応しないことがわかる。想像通り、リズム感は文化により異なる。ただ、訓練でそれが大きく変化することはないという結論になった。
   話はこれだけで、要するにリズム感の民族差を簡単に計る方法を開発したという研究だ。今後、同じ方法を使って様々な民族が比べられ、それと脳活動との関係が調べられるだろう。しかし、あらゆる研究には、誰もが可能な測定法の開発が必要で、それができたことをNeuronの編集者たちも評価し掲載することを決めたのだろう。この研究者には今後も注目したいと思う。

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