今日紹介するスタンフォード大学からの論文はApoEとアルツハイマー病の重要な原因とみなされているアミロイドタンパクの合成との間のシグナルメカニズムに真正面から取り組んだ研究で1月25日発行のCellに掲載された。タイトルは「ApoE2, ApoE3, and ApoE4 differentially stimulate APP transcription and Aβsecretion(ApoE2, ApoE3, and ApoE4のアミロイドβ前駆タンパク質(APP)の転写とAβの分泌刺激能力はそれぞれ異なっている)」だ。
私が熊本大学に赴任した頃は、様々なサイトカイン刺激から続くシグナル伝達メカニズムの研究が花盛りだった。この論文は、方法こそ新しいが、当時を彷彿とさせるApoEシグナル伝達の研究で、われわれのような古い世代にもわかりやすい論文だ。
シグナル伝達機構を研究するにはまず培養細胞が必要だが、この研究ではヒトES細胞から神経細胞を誘導し、これを線維芽細胞と共培養することで、標的となるAPPの生産が見られることを示している。
次にこの実験系に、ApoE2, ApoE3, ApoE4をそれぞれ加えてAPPの転写を調べると、驚くことにApoE2<ApoE3<ApoE4の順番でAPP転写が誘導された。すなわち、アルツハイマー病の遺伝要因とされるApoE4が、培養神経細胞のAPP転写を最も強く誘導することがわかった。
次に、 ApoEからAPPまでのシグナル伝達機構を解析し、
1) ApoEが神経細胞上の受容体に結合すると、まだよくわからない機構でDLL分子の分解が抑制され、DLLのレベルが上昇する。
2) DLLは次にMKK7を介してMAPキナーゼ経路を活性化する。MAPキナーゼ経路の活性化についてもApoE4が最も強い活性を持つ。
3) CRISPRを用いたAPP遺伝子転写調節領域のノックアウトスクリーニングにより、MAPキナーゼ経路により活性化されるのはAP1(Jun/Fos)による転写で、c-Fosがリン酸化を受けることがAP-1活性をあげる。
ことを明らかにしている。すなわち、ApoE受容体のすぐ下流を除いて、ほぼシグナル伝達経路の全貌が明らかにされた。これでも十分だが、将来の前臨床研究を考えて、マウスでも同じことが言えるのか、マウス神経細胞及び脳内に直接CRISPRを導入する実験で、ほぼ同じ経路が働いていることを示し、生体を用いる実験としてマウスが使えることを示している。
もともとAP-1経路はアストロサイトの刺激などで活性化されており、今後はApoE4のような付加的なシグナルが長期に続くことがアルツハイマー病を誘導しているのかなど、詳しい研究が行われるだろう。特にLDL受容体とApoEとの結合及びその直下のシグナルが解けると、アルツハイマー病治療の介入ポイントが見えるかもしれない。期待したい。
頑張ってください。