後者の話題で講義するときは、1)ゲノム、2)コホート研究、3)IT、そして4)コレクティブインテリジェンス、と4つのキーワードをしっかり理解してもらおうと努力しているが、これは地球上の全ての個人を記録し続けるという新しい歴史学なしに、医療も、医学も、心理学もないと思うからだ。
しかしこの中で最も難しいのはコホート研究で、資金、プライバシー保護、インフォームドコンセントなど多くの問題を解決する必要がある。
今日紹介する米国、英国、カナダ3国を中心に多くの国からなんと281にわたる研究所が参加した身長と相関する分子についての研究は、大規模調査研究のための一つのヒントになる。タイトルは「Rare and low-frequency coding variants alter human adult height(人間の身長を変化させる低頻度のコードされた分子の変異)」だ。
これまでの調査やコホート研究は、既存の技術を利用する方向が体制を占めていた。例えばGWASによる一塩基多型の探索、あるいは次世代シークエンサーによる大規模ゲノム研究がそうだ。例えばガンのコホート研究なら助成を得られるチャンスもあるが、身長に関わる遺伝子を調べるというプロジェクト「役に立たない」となかなか助成してもらえないのではないだろうか。とはいえ、これまで私も多くの論文を目にしてきたし、すでに身長に関わる700近い変異が、ゲノムの421か所に特定されている。それでも違いの20%を説明できるだけで、しかもほとんどは遺伝子をコードするエクソームではなく、イントロンの変異で、因果性を理解するのは困難だ。
さらなる研究のためにはこれまでリストされた変異よりははるかに頻度が低く、またタンパク質へ翻訳される遺伝子の検査が必要になる。頻度が低いと、これまでのような千人から一万人までの対象をさらに増やし、何十万、何百万のゲノムを調べる必要が出てくる。さてこの難問をどう実現するかだ。
この研究では既存の様々なコホート研究147を利用して実に45万人の対象のゲノムを調べることができている。ただ、50万規模になると、エクソームでもDNA配列の情報処理が大変になる。そこで、エクソームチップと著者らが呼んでいる、16000人のゲノムデータから拾い上げたコーディング領域の変異を選んだDNAチップを新たに設計して、変異の一部で良いと割り切って、規模を重視する研究を行うため、それぞれのコホートに提供している。すなわち、コホートを新たに立ち上げるのではなく、既存のコホートに使いやすい技術を提供する手法だ。実際には身長だけではなく、今後は様々な形質について同じデータから結果が出てくるだろう
今回の調査の結果、これまで見落とされてきた頻度の低い(0.2%以下)身長に関わるコーディング遺伝子が発見された。各遺伝子の役割については今後の研究が必要だが、コーディング遺伝子であるため研究はやりやすい。
例えば、これまで発見された分子も合わせて、新しく発見された分子が関わる生物学的プロセスを抽出すると、骨格形成に関わるヒアルロン酸やプロテオグリカン合成に関わる経路が特定される。また、新たに発見されたSTC2遺伝子は、過剰発現させるとインシュリン様増殖因子の機能を阻害してマウスの成長を阻害することから、この分子の機能が阻害されることで身長が伸びるという因果性も示している。他にも、コレステロール代謝異常とも関わる遺伝子の存在など、面白いネタが示されているが、詳細は省く。今回発見された頻度の低い分子変異を、これまでの研究成果と合わせた、より総合的研究がようやく始まったと言っていいのだろう。
その意味で、この研究のハイライトは、既存のコホートを活用するための新たな技術開発が新しい成果を生むことを示した点だと思う。