今日紹介する論文もこのグループからの論文で睡眠誘導に関わる神経回路が発現する睡眠誘導メディエーターと光遺伝学をつないで、睡眠研究をより新しい段階へ高めようとする試みで5月18日号のNatureに掲載された。タイトルは「Identification of preoptic sleep neurons using retrograde labeling and gene profiling(視索前野の睡眠神経を逆行標識法と遺伝子プロファイルで特定する)」だ。
タイトルからわかる様に、この研究では睡眠の生理学を突き詰めるというより、その前段階の必要なツールを揃えることに焦点が置かれている。これまでの研究で睡眠に関わる領域は数多く特定され、そこに存在するGABA作動性の神経細胞が睡眠誘導に関わることが明らかになっている。この研究は、睡眠誘導に関わることがはっきりしている、視索前野(POA)から視床下部後方にある結節乳頭核(TMN)へ投射するGABA作動性神経細胞に焦点を絞って、この神経細胞を、睡眠を誘導することがわかっているペプチドホルモンと相関させるのが目的だ。
POAの神経の中からTMNへ投射している神経だけを操作するため、この研究ではまず神経細胞の軸索を通って逆行性に神経をラベルできるベクターを用いて遺伝子をGABA作動性神経だけに発現させるという方法を用いて、光遺伝学的にスイッチを入れたり切ったりできる様にしている。
POAのGABA作動性神経の全てを興奮させる実験では、マウスは覚醒してしまうことから、様々な機能を持ったGABA作動性ニューロンがPOAに存在することがわかっているが、TMNへ投射する神経だけに焦点を当てると、刺激により睡眠が誘導され、抑制により覚醒することが確認され、この回路を睡眠調節の入り口に使えることが明らかになった。
詳細は省くが、次にPOAの中でTMNへ投射する神経細胞が発現する神経ペプチドを探索し、コルチコトロピン遊離ホルモン、コレシストキニン、タキキニン、麻薬様ペプチドがこの神経細胞に様々な割合で発現していることを突き止める。重要なのは、これら神経ペプチドが全て睡眠作用があることで、睡眠誘導回路とメディエーターをリンクさせるのに成功している。
それぞれのペプチドをコードする遺伝子にチャンネルロドプシンを発現させる実験で、どのペプチドを発現する回路でも睡眠を誘導できるが、最初の2つのペプチドの場合はノンレム、レム両方の睡眠が上昇するが、タキキニン発現神経の刺激ではノンレム睡眠が選択的に上昇することから、同じ回路に存在する神経も細かく分化していて、異なる役割があることが明らかになった。
話はこれだけで、今後こうして細分することができた神経経路を操作して睡眠という複雑な現象が一つづつ解明されるのだろう。
この様な論文を読むと、免疫学や血液学が細胞表面抗原に対する抗体を組み合わせることで細胞を細分して機能と対応させた方向が、神経でも進んでいることがよくわかる。問題は、これにより詳細が明らかになる一方、研究内容が専門外にはどんどん分かりにくくなることで、さらに細分化が進むと私の頭がどこまでついていけるのか少し心配になる。