私自身全く知らなかったが、エイズウイルスに対しては、人間、マウス、さらにはサル、ウサギなど、ウイルスを中和できる抗体作成が試されてきたようだが、限られた抗原エピトープに対してようやく抗体ができる程度で、様々な系統のウイルスを中和できる抗体の誘導はほとんどうまくいっていなかったようだ。
今日紹介するカリフォルニア・スクリップス研究所からの論文は、抗体遺伝子が長い可変領域を持つ牛を免疫すると、これまで難しかった中和抗体が誘導できるという、なんでもやってみなければわからないという典型の研究で、Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「Rapid elicitation of broadly neutralizing antibodies to HIV by immunization in cows(牛を免疫することでエイズウイルスを広く中和する抗体を誘導できる)」だ。
この研究は抗体の構造について熟知していないとなかなか思いつかないだろう。牛のHCDR3と呼ばれる抗体H鎖可変領域(遺伝子でいうとD領域)が牛は極めて長いことに着目し、この可変領域であればこれまで難しかったエイズウイルスエンベロップに対する中和抗体ができるのではとあたりをつけ、三匹の牛をウイルス遺伝子が収められているエンベロップで免疫したという研究だ。そして期待通り、様々な系統のウイルスに対して中和活性を持つ高い力価の抗血清が得られることを明らかにした。この結果がこの研究の全てと言っていいだろう
次にこのような抗体を迅速に誘導できるか調べ40日ほどあれば高い力価の抗体が誘導できることを示している。あとは、様々なウイルス系統に対する反応性など詳細に検討して、免疫を続ければ90%以上の系統を中和できる。
抗体のアミノ酸配列について、抗原特異的B細胞を分離して解析を行い、全ての抗体が極めて長いHCDR3領域(D領域遺伝子)を使っていること、この結果ウイルスのCD4結合部位に反応できることを示している。
他にも結合の立体構造の解析など、詳しいデータが示されているが、それはスキップしていいだろう。D領域遺伝子が長い牛は、これまで抗体ができないとされてきた抗原にも反応できる抗体を誘導できる可能性があることを示した重要な貢献だ。しかも短期間に抗体を誘導できることから、今後ウイルス制御に関しては常に牛抗血清を念頭に置かれるようになるだろう。
しかし、なんでもやってみることが重要だし、またこのような実験が今も行えるスクリップス研究所の懐の深さに驚いた。