しかし、精巧な石器を作るためには、言語だけではなく、器用な手を動かすための神経系を用意する必要がある。これについて私は、手を使う猿の進化の結果、新しい運動神経系が生まれてきたとすっかり思い込んでいた。実際手を支配する大脳皮質は大きな領域を占めており、脊髄での運動神経もずっと複雑な走行を示している。
ところが今日紹介する米国シンシナティ小児病院からの論文を読んで、考えを改めた。タイトルは「Control of species-dependent cortico-motoneuronal connections underlying manual dexterity(手の器用さに関わる皮質運動神経結合の種特異的コントロール)」で、7月28日号のScienceに掲載された。この研究の責任著者は吉田さんという方で、おそらく日本の方だと思う。
実際、マウスと人間を比べると、皮質からの神経の脊髄での走行が手を支配する脊髄上部では大きく違っており、脊髄腹側及び側部から運動神経と結合する皮質神経(vlCST)がマウスでは存在しない。吉田さんたちは、マウスでも生まれた当初はこの経路が存在するのではないかと考え、筋肉から逆行性に神経をラベルする方法を用いて、期待通りvlCSTが生後数日存在するが、その後消失することを発見する。
次に、このvlCST消失の原因が神経の伸張を阻害する分子として有名なPlexinA1とSemaphorin6の発現による反発作用によるのではないかと考え、CST特異的にPlexA1をノックアウトした。すると、期待通りマウスでも生後のvlCSTの消失が防がれ、人間と同じようにvlCSTによる運動神経支配が成立したまま大人になる。そして手の動きが器用さを測るために独自に開発した方法を用いて、vlCSTが残存するマウスでは、手が器用になっていることを示している。
これだけでも十分楽しめるが、最後に人間でvlCSTの運動神経支配が維持されるのがplexA1の発現抑制によるのではと考え、サルや人間に特異的なplexA1発現調節領域を特定し、人型の調節領域では皮質第5層の神経での発現が抑制されていることを示している。
結論的にはマウスも実際には器用に生まれており、ただ必要ないため無駄な神経支配を整理したという面白い話になる。
読んでいてマウスとサル、人間は比較的近縁だが、ずっと離れているナマケモノなど枝をしっかり掴む動物ではこの経路はどうなっているのだろうと、ふっと思った。