最初はハーバード大学からの論文でユーウィング肉腫の発症機序についての研究と言ってしまえるが、実際には様々なことを「なるほど」と腑に落としてくれる論文で、いろんな話が詰まっている。タイトルは「Cancer-specific retargeting of BAF complexes by prion-like domain(プリオン様ドメインによるガン特異的BAF複合体の再配置)」だ。
タイトルは少し抽象的すぎるが、このBAFとあるのは、従来SWI/SNF複合体として知られている、ATP依存的にクロマチンの構造を解いて、転写を促進する複合体のことだが、現在ではBRG1と呼ばれる分子を中心に異なる分子が集まって数種類の複合体が細胞に応じて形成されることがわかってきており、BRG-associative factor(BAF)と総称される様になっている。BAFはクロマチンのリモデラーとして重要で当然分化や、リプログラミングで重要な働きをしているが、最近ガンゲノム解析が進んで20%のガンでBAF複合体のメンバーに突然変異があることがわかり、その注目度は一躍高まってきた。
この研究では染色体リモデリングの関与が最も研究されてき小児癌ユーウィング肉腫に着目して、原因となるEWSR1とFli1が結合したキメラ遺伝子EWS-Fli1が発がんを促進する領域に結合し、そこにBAFを連れてくる機能を持つのではないかと狙いを定め、研究を始めている。
まずBRG1タンパク質に結合する分子を調べ、正常分子EWSR1もキメラ分子EWS-Fli1もいずれも、BAFの複合体と一時的に結合することで機能していることを確認し、次にそれぞれがゲノムのどの場所に結合しているかを調べている。結果は、EWS-Fl1だけがBAF を染色体上に広く分布しているマイクロサテライトGGAAにリクルートしていることを発見する。
では、EWSRがFli1とキメラを形成しているため、Fli1がGGAAへリクルートするのに関わるか調べると、Fli1は全くGGAAへの結合力がない。すなわち、キメラを作って両分子の機能が結合したのではなく、単独では両方の分子に存在しない全く新しい機能が生まれてGGAAに結合することがわかった。この新しい構造に関わる領域を調べていくと、EWSR1内に存在するプリオンに似た領域が関わっており、実際新しくできた構造はプリオンの様に正常EWSR1を新しい構造へと変化させることができることを明らかにした。すなわち新しい構造は正常分子にも働いて新しい構造を増幅し,この構造を介して重合し、ともにBAFをマイクロサテライトGGAAにリクルートし、クロマチンを開いて周りの遺伝子の転写を増幅させることを示している。
以上が結果だが、ユーウィングの分子機序についてもよく理解できたし、BAFの機能についても明確なイメージが沸いたし、ガンでのクロマチンリモデリングの重要性もよくわかる論文で、勉強になった。