細胞治療は失われてしまったドーパミン産生細胞を外から補う治療法だが、パーキンソン病では徐々にドーパミン細胞が失われることから、失われる速度を抑制することも重要な治療の方向性だ。今日紹介するハーバード大学からの論文はパーキンソン病進行に関わるシヌクレインの産生を喘息治療に使われるβ2アドレナリン受容体刺激剤が抑制できる可能性を示す画期的な論文で9月1日号Scienceに掲載された。タイトルは「β2-adrenoreceptor is a regulator of the α-synuclein gene driving risk of Parkinson’s disease(β2アドレナリン受容体はパーキンソン病のリスクを高めるαシヌクレイン遺伝子の調節因子だ)。
この研究では、神経細胞株を用いて、パーキンソン病の進行を促進するαシヌクレインの発現を抑えることのできる化合物の大規模なスクリーニングを行い、30種類近くの化合物を発見している。今後各化合物を検討する段階に入るが、見つかった化合物のうち3つがβ2アドレナリン受容体の刺激剤であることに着目し、まずβ2アドレナリン受容体刺激剤に絞って研究を進めている。
というのも、β2アドレナリン受容体刺激剤は喘息の治療薬としてFDAに認可されている薬剤がすでに開発されており、うまくいけばすぐに治験に入れる。この研究では喘息などの気管支拡張薬として最もよく使われるサルブタモールを使って、この受容体が刺激されると、細胞株でのシヌクレインの転写がヒストンのアセチル化を通して抑制されることを確認した後、マウスへの投与実験でパーキンソン病で失われるドーパミン細胞のシヌクレン発現が3割程度低下することを明らかにしている。
次にヒトでも同じ効果が見られるかを調べる目的で、ノルウェーの薬物治療に関するデータベースを用いて、サルブタモールを使用した人と、使用経験が全くないヒトを比べ、使用した場合はパーキンソン病発症が3−4割低下すること、逆にβ2アドレナリン受容体を抑制して血管を拡張させる目的で使われるプロプラノールを使用している患者さんでは、パーキンソン病の発症率が2倍に上がっていることを突き止めている。
最後に、パーキンソン病の患者さんからiPSを作成し、ドーパミン神経を誘導した後、その細胞でのシヌクレインの発現を調べ、サルブタモールが抑制することを示している。
これまで私が見てきたパーキンソン病の進行を遅らせる薬剤の研究の中では、画期的だという印象を持つ。だからといって、すぐに現在進行中のパーキンソン病の患者さんにサルブタモールを投与するのは、心臓や血管への影響を考えると危険だと思う。ぜひこれまでの喘息患者さんへの投与プロトコルと副作用を分析し、最も合理的プロトコルを作成して、すでに病気が始まった患者さんについて治験を行って欲しいと思う。
高橋さんの治験も、サルブタモールの治験もそう遠い話ではないと私は期待している。