今日紹介するチューリッヒ大学と、ドイツガン研究所からの共同論文は、肝臓の細胞死を起こりやすくしたマウスで発症する肝がんに関わる分子メカニズムを追求した論文で9月11日号のCancer Cellに掲載された。タイトルは「A dual role of caspase-8 in triggering and sensing proliferation associated DNA damage, a key determinant of liver cancer development (カスパーゼ8増殖に伴うDNA損傷の引き金を引くとともに、損傷を検出する2つの役割を持っており、肝がんの発症の鍵を握る)」だ。
この研究では肝臓特異的に細胞死を防いでいる分子が欠損したマウスを作り、肝がんが発生する過程を追跡、期待どおり細胞死が上昇すると、肝細胞の再生が上昇、その結果増殖ストレスが上昇して、遺伝子の増幅や欠損、そして切断が起こること、またこのストレスを修復するシステムが動員され、発がんを予防することを示している。これとともに、肝がんが発生する前からALT,AST(トランスグルタミナーゼ)の血中濃度を調べることで、細胞増殖の亢進を検出できることも示し、実際の臨床にも役立つ情報になっている。
次に細胞死を誘導するシグナル分子を探索し、炎症とは無関係にTNFシグナルが肝細胞の細胞死を誘導しており、その下流にカスパーゼ8(Cas8)が存在することを明らかにし、炎症とは無関係に細胞死が高まると、細胞増殖が上昇、その結果ゲノムの不安定化が起こり、肝がんが発生するということが確認される。
期待どおりCas8は細胞死を誘導して発がんに関わる、とめでたしめでたしで終わってもいいが(当たり前で面白くないが)、この研究ではこの系でさらにDNA修復機構を追求することで、なんとCas8がDNA損傷を検出するのに重要な働きを演じていることに気がつく。ここから話は分かりにくくなるので、詳細を省いてまとめてしまうと、Cas8により細胞死が誘導される前に、いわゆるインフラマトゾームと呼ばれる多数の分子が集まるシグナル複合体の形成の核になり、JNK転写システムを活性化、最終的に修復に関わるヒストンバリアントのリン酸化に関わることを明らかにする。
以上の結果は、細胞死誘導で発がんを促進しているCas8が、増殖細胞ではゲノムの安定性に寄与するという矛盾する働きを持っていると結論できる。
ただこれは肝がん発生という点から見た話で、普通の状態では障害された細胞を速やかに取り除き、安全にそれを補うという合目的な役割を演じていることになる。何事も過ぎてしまうと、安全装置も働きようがない。