統合失調症、鬱病、自閉症は、人間特有の高次機能の障害と言えるが、それでも症状の一部だけを抽出した動物モデルが存在し、研究に使われている。例えば、自閉症スペクトラムの特徴の一つ社会性の低下は、初めての個体と見合わせた時に一緒にいる時間を指標にマウスを用いた研究が行われており、特定の遺伝子が関わる自閉症については、動物モデルでも実際の状態をある程度反映できる。
しかし、動物モデルをほとんど思いつかない人間の行動も多い。その一つが強迫神経症だろう。強迫神経症の人は、自分の行動に合理性がないことをわかった上で、それでも例えば手洗いのような特定の行動を止めることができない。行動とその行動に対する自信が乖離してしまっていることがこの背景にあると考えられるが、これを行動学的にどう調べるのか面白い問題だ。
今日紹介するケンブリッジ大学からの論文は、行動とそれに対する自信を測定して、強迫神経症患者さんと、正常人の行動の違いを理解しようとした研究で10月11日発行のNeuronに掲載された。タイトルは「Compulsivity reveals a novel dissociation between action and confidence(強迫性は行動と自信の新しい乖離を明らかにした)」だ。
この研究では、中央の穴から出てくるボールの軌跡を予想して、キャッチする場所を指定するゲームで遊ぶ中で、一回ごとの予測にどの程度自信があるかを自己申告させることを課題として用い、強迫神経症患者さんと正常人を比べている。一見簡単そうだが、ボールの軌跡は、一定の時間がくると一定の規則に従い大きく変化するよう設計されており、それまでの結果を元に変化を分析することが要求される。この課題が最適かどうかよくわからないが、著者らはこれにより、予測に基づく行動と、それに対する自信を測定することができると考えている。
いずれにせよ課題は難しくなく簡単な実験かと思ってしまうが、実際のデータ処理にはモデリングを含む数理処理が多用されており、利用された数理処理方法はなんと8種類にも及んでいる。特に、ボールの軌跡の変化に、各個人がどのようなデータに基づき次の軌跡を推定し、またその決断にどの程度の自信を持っているのかの計算については、理解しづらい点が多かった。
このため結果についても、著者らの結論をそのまま鵜呑みにすることになるが、詳細を省いて結果をまとめると以下のようになる。
1) 正常の人と比べると、強迫神経症の人たちは、全経験に基づいて軌跡を予測するより、直前の経験にこだわった判断をする傾向がある。
2) 自分の判断に関する自信は脅迫神経症の人も正常人もほとんど変わらない。
3) 脅迫神経症の症状が重いほど、自信はあってもバタバタと判断基準を変化させる。
要するに、自信はあっても、その自信を信じられないような行動を取るのが脅迫神経症の患者さんと言える。
話はこれだけで、強迫観念については、その脳の構造や活動について調べる段階に至っていないことがわかる。しかし脳機能に進まないと、脅迫神経症の症状の記述を一つ増やしただけで終わってしまう。ただ論文を読んでも、この研究で開発された様々な指標が、脳機能と強迫観念を相関させる研究に役に立つのかよくわからなかった。
3日間人間の脳についての研究を紹介したが、推計学的方法があまりにも多用されており、どうも身近に感じられなかった。今後も人間の研究では同じ傾向が進んで、高度な数理が必要な学問になっていくのだろうか?個人的には、もう少し私たちの直感に訴えやすい方法が開発されることを願わざるをえない。