これまで、ipRGCはカメラの輝度センサーと同じで、広い輝度のダイナミックレンジをカバーして、視細胞を調節していると考えられてきたが、今日紹介するハーバード大学からの論文はこの考えを覆した研究で11月2日発行予定のCellに掲載された。タイトルは「A population representation of absolute light intensity in the mammalian retina(哺乳動物の網膜で光の絶対量は集団的に表象されている)」だ。
多くの細胞を同時に記録する方法が全盛のこの時代に、この研究では一個一個のipRGCを丹念に記録する方法だけを用いている。しかし、考えてみると網膜は複雑な組織で様々な細胞が入り混じっており、この方法が最も信頼できる。さらに、光を感じる時の変化を安定な信号に変えて次のシナプスに伝達する軸索でのシグナルを明確に区別することも重要になる。
この研究ではipRGCに特異的に発現するメラノプシンを発現する細胞を蛍光ラベルで特定し、一眼について一本づつ、ipRGC軸索のシナプス端末近くでパッチクランプよう電極で興奮を記録している。これだけで、途方もない努力であるのがわかる。パッチ電極を設置後、網膜にゆっくり段階的に輝度を上昇させた光を照射し刺激に対する反応を調べると、 1)輝度の上昇に対するipRGCの反応パターンはほぼ同じだが、反応が始まる輝度はまちまちであること、
2)それぞれは輝度に対する感受性に応じた閾値にに達すると活動を停止するが、また暗くなって自分の感度に戻ってくると活動を始める、
ということがわかった。すなわち、同じダイナミックレンジの広い輝度センサーで調節する代わりに、異なる閾値を持った細胞集団で広い輝度レンジをカバーしていることがわかった。
この発見がこの研究のハイライトで、これは一本の神経を丹念に記録することでしかわからない。あとは、それぞれの神経が光による刺激に極めて敏感に反応することで、一定の輝度に達すると軸索のナトリウムチャンネルを抑えるように働くこと、この閾値はメラノプシンの産生量によること、このシステムのおかげで高輝度の光で全ての神経が過分極することなく、急に周りが暗くなっても、これまで抑制されていた神経が活動できることなど、詳しい特性を明らかにしているが、詳細はいいだろう。数理が全く使われず、素人にもわかりやすい力作だと思う。
もともと神経生理学は一本の神経の活動を記録することから始まったが、この伝統を守りつつ、新しい方法を取り入れて領域が急速に進歩していることがよくわかる。いずれにせよ、視覚認識の仕組みを知れば知るほど、それを記憶できている自分の脳に驚嘆する。