今年の10人
David Liu: Gene corrector (遺伝子編集者)
サイエンス誌の10大ブレークスルーにも選ばれていた。2重鎖RNAに働く デアミネースを用いて、DNAを切断することなく一塩基を編集する技術の開発だが、ゲノム編集できるようにするため、RNAデアミネースに変異を導入して、DNAにも働く一種の人工的酵素を作成、これをクリスパーシステムに組み込んで、任意のゲノム領域の一塩基をAからGに変換することに成功している。同じ時期にブロドー研究所からRNAをデアミネースで一塩基編集する技術が報告されたが、Liuが開発した方法の方がゲノム遺伝子編集テクノロジーとしてはもっとよくデザインされている印象がある。
以上は私の感想で、記事ではLiuが学生時代から完全無欠とも言える優秀な学生だったこと、リスクを恐れず研究を進めること、大学院時代からタンパク質に自然にはないアミノ酸を取り込ませることに成功するなど、自然をデザインすることに熱意を持って取り組んでいたことが紹介されている。
多くの疾患が一塩基置換であることを考えると、この酵素を使った遺伝子編集への期待は高い。この技術がヒト胚の編集に使えることがすでに中国から報告されている。
Marica Branchesi: Merger maker(中性子星合体の大観測体制)
昨日のサイエンス誌今年のブレークスルーの記事を参照してほしいが、中性子星合体過程で発生する重力波を始めて捉え、それをいち早く世界に発信して、今回の全世界の天文学者を巻き込んだ大リレー観察を仕立て上げた天文学者。 これまでも物理学と天文学の橋渡しを行い、また米国との共同実験のオーガナイザーとして働く研究者で、この外交的センスのおかげで、昨日紹介した一大天文ショーのリレー観察が可能になったと皆が認めている。
Emily Whitehead: Living testimonyial(生き証人)
CAR-Tは、抗体の抗原結合部位と、T細胞を活性化する細胞内ドメインとを融合させた遺伝子を、自分のT細胞に組み込んで患者さんに戻し、抗体が認識できる抗原を持つガン細胞を特異的に攻撃する治療法だ。いわば、遺伝子治療と細胞治療が合体した治療法で、随分前から10大ニュースとして取り上げられている。 CAR-Tが再び取り上げられたのは、今年ノバルティスが申請していたこの治療がFDAに認可されたからだ。この時認可を決めるヒアリングに同席したのが、Emily Whiteheadで、サイトカイン遊離症候群というこの治療最大の副作用を乗り越え、CAR-T治療により白血病が完治した患者さんの一人だ。審査会での彼女の無言の訴えが、多くの共感を呼び、認可につながったことが紹介されている。
(昨日も述べたが、最終的にこの治療は5000万円近くの費用がかかることが決まっている。個人的には、先進治療の価格の決め方を議論する時が来たと思っている)
Scott Pruitt:Agency dismantler(環境保護局解体請負人)
今年トランプ政権により環境保護局の長官に選ばれたオクラホマ州の元司法長官で、環境保護を目的とした環境保護局を完全に解体することをトランプにより託された、期待にたがわず、有言実行で付託に応え、排水の規制など12のルールを棚上げし、化学会社から大歓迎されている。さらに、環境保護についての研究者を環境省のアドバイザーから駆逐し、企業人に置き換えた。さらに自らの省の予算を40%カットし、米国の地球温暖化などの研究は間違いなく瀕死の状態に陥ると懸念されている。
(トランプ政権の反科学政策は、自分の意見が正しいとエビデンス無しに主張する捏造の思想と共通していると思う。今年、環境研究所をスタートさせ、優秀な研究者を世界から集めることを決めたフランス大統領は、このことを最もよくわかっている政治家だと思う。反対でも、賛成でも、科学的検証が必要なはずだが?トランプはガリレオに対する当時の教皇と重なって見える)。
Pan Jianwei:量子通信の父
地上の光子と1400km離れた衛星上の光子の間で量子もつれを発生させ、世界を驚かせた中国の研究者で、中国では量子の父と呼ばれている。さらに9月には量子暗号化した光子通信を衛星から中国とウィーンに送ることに成功している。 今後中国の宇宙ステーションを利用した数多くの量子もつれの宇宙実験が計画されており、また全面的に中国政府の支援を得ている。
熱意のみなぎる楽天的性格で、リスクをとって、よく考えて選んだテーマに果敢にチャレンジする研究者として記事では紹介している。夢は、量子もつれを利用した高解像度宇宙望遠鏡らしいが、新しい中国科学のシンボルとして活躍するだろう。
Jennifer Byrne:Error sleuth(論文の間違いを暴く刑事)
ガン研究者としてオーストラリアで研究活動を行う中で、多くの論文が間違い、時には捏造データを含んでいることに気づき、粘り強くこの問題を指摘する論文を発表した結果、ようやくその努力が報われ始めている。そして今年フランスのCyril Labbeと協力して、論文の間違いを暴き出すソフト「Seek & Blastn」 を発表した。
(感想:これで捏造論文がなくなるとは思えないが、抑止力とともに、初期段階で注意を喚起できる意味で大きな前進だと思う)
Lassina Zerbo: Test-ban tracker(核実験禁止協定違反追跡者)
ブルキナ・ファソ生まれで、フランスで地球物理の学位を取得した研究者で、包括的核実験禁止条約の実行組織(CTBTO)に勤務している。「科学は世界政策と結びつくべきだ」という信念で、北朝鮮の核実験が続いた今年は忙しい日を過ごしている。Zerboは核実験による様々な情報を世界中が共有出来るシステムを立ち上げた功績者で、今年の核実験の時も、様々な情報を集めて世界に発信している。もちろん我が国との関係も深く、昨年は長崎で日本の学生に話したようだ。
VÍCTOR CRUZ-ATIENZA:quake chaser(地震追跡者)
11歳の時、1985年メキシコを襲ったM8.0の地震に遭遇したCruz-Atienzaは地震科学を目指し、地球物理学者としてキャリアを積んでいる。現在はメキシコシティーにある地球物理学研究所に勤務し、断層の破断について研究している。2016年彼は断層がずれた時メキシコシティーが乗っている古い湖がどう反応し、メキシコシティーのそれぞれの場所がどのように揺れるか予測した論文を発表している。
今年9月、M7.1地震がメキシコシティーを襲った時、彼の予測はほぼ的中し、現在最も信頼の置ける地震学者として、一般人の教育や政策立案にまで広く関わっている。
Ann Olivarius: Legal champion(法律のチャンピオン)
今年米国では、政界・経済界・メディア界・そして科学界を含む様々な分野でセクハラ問題が吹き荒れた。特にアカデミアでの性的違法行為を告発する先頭に立っている法律家がAnn Olivariusだ。現在事務所の20%のスタッフは、セクハラについての女性研究者の訴えを聞く係として配置しており、母校のエール大学をはじめ、ロチェスター、オックスフォード大学などの案件を扱ってきている。現在は、この問題を解決するための法の制定に奔走している。
Khaled Toukan:opening sesame(開けゴマ)
今年ヨルダンに中東初のシンクロトロンが20年の奮闘の末ついに稼働にこぎつけた。この計画を支え続けたのが、Toukanで、物理学者としてスタートした後、大学の学長、そして3回も大臣としてヨルダンと中東の科学を支えた立役者だ。ほとんどの人は、中東でシンクロトロン(スプリング8と同じ目的の施設)設置のための取り組みが進んでいたことはご存知ないと思う。私も、全く知らなかった。しかし調べてみると、よくまあこの施設がオープンしたなと思う。というのも、中東各国がこの施設に参加しているのはわかるにしても、その国々とはパキスタン、イラン、ヨルダン、エジプト、トルコ、キプロス、そして極めつけがイスラエルと、パレスチナだ。例えるなら、我が国が、中国やロシアは言うに及ばず、北朝鮮と韓国が参加する科学プロジェクトをスタートさせるようなものだ。途中で、イスラエルがパレスチナ援助に向かったトルコの船を攻撃するという事件まで起こっている。それでもこのプロジェクトを続けることができたのは,Toukanさんのおかげだと全員が高く評価している。このプロジェクトは、アラビアンナイトの「開けゴマ」で有名な、Open sesameを意識して、SESAMEプロジェクトと名付けられている。この歴史的な偉業を我が国政府も支援し続けて欲しいと思うし、トランプにより振り出しに戻ることは避けて欲しいと思う。憎み合っている国々も、科学を核に協力し合えることを示した偉業だと思う。
地震追跡者VÍCTOR CRUZ-ATIENZA氏に注目したい。
北海道沖の地震の発生の可能性に関して、急遽アラートが報じられ、それに対してロバートゲラ―氏は、周期による地震発生予測に対して異議を唱えている。
何が正しくて何が間違っているのか、地震予知にリソースを投入するのことの意義にさえ疑義が生じている。
しかし、普段からそれに備えることは、日本に暮らす我々にとって必須であることには変わりがない。
地震そのものの予測というより、断層が動いた時、どう揺れるかを正確に予測したようです。
西川先生、
コメント頂きありがとうございます。
衛星を利用し国土のひずみを観測し、ひずみが最大化しつつある断層をウォッチするのが良いように感じます。
私見ですが、研究費を配るよりも国土交通省による国家事業化とすべきと思います。
Emily Whitehead
→勇気に拍手です。