日々大量の情報の中から、すでに形成された「自己」を基準に情報を選択し、その入力により「自己」の脳回路を書きえられるが、この経験の一回性が個性形成に大きく寄与することは間違いがない。しかし、生まれた瞬間からこのプロセスを走らせるのは、発生過程で形成される複雑な脳回路だ。脳各領域での細胞の分化については少しづつ分かっているが、肝心の回路形成についてはほとんど分かっていないようだ。
神戸CDB設立に一緒に苦労した竹市先生は、当時回路形成の特異性にカドヘリンが寄与していると考え研究していたのを覚えているが、この可能性が現在どうなっているのかはフォローできていない。
今日紹介するスタンフォード大学からの研究はTeneurin-3が回路形成の特異性を決める分子であることを示す研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Teneurin-3 controls topographic circuit assembly in the hippocampus(Teneurin-3は海馬での領域間の回路形成をコントロールする)」だ。
Tenurin-3(Ten3)はEGFリピートやYDリピートが数多く集まった、複雑細胞表面分子で、ショウジョウバエでは確かに神経回路形成に関わることが証明されており、またゼブラフィッシュでノックダウン実験から網膜の神経結合に必要とされてきた。
この研究はこの分子のマウス海馬での機能をノックアウトなどで調べた、言って見ればかなり古典的な研究だが、竹市先生がカドヘリンに期待していた神経回路特異性を担うことをはっきりと示したことで、Natureに掲載されたのだろう。
海馬には2本の大きな回路があるが、研究ではこの分子が海馬の近位CA1領域、遠位鉤状回、そして内側内嗅皮質をつなぐ神経回路に発現していることをまず確認し、Ten3がホモトロピックな細胞接着因子として働いている可能性を追求している。
まずTen3遺伝子にノックインして可視化できるようにし、Ten3を欠損させたマウスの海馬を調べると、通常なら鉤状回への特異的回路形成が阻害され、神経が広い領域に投射するのが観察される。 次に、CA1と鉤状回で別々にTen3をノックアウトして、どちらの細胞でノックアウトしても神経がより広い範囲に投射することを明らかにする。
最後に試験管内で神経以外の株化細胞にTen3を導入する実験を行い、カドヘリンと同じようにホモティピックな細胞接着にも関わっていることを明らかにしている。
実際にはもう少し複雑な実験を行って、接着に必要な分子領域を調べたりしているが、要するにホモティピックな細胞接着分子が、確かに神経細胞の回路形成に関わることが示された。ただ、データを見ると、これはほんの入り口で、CA1が鉤状回へ軸索を投射する全分子過程を明らかにするにはまだまだ時間がかかるだろうし、他の領域間の回路形成にはどの分子が関わるのか、発生学の役割は大きいと思う。
間違いなく発生過程で最初の脳回路の「自己」が決まる。光遺伝学の開発で脳科学は今生理学に強くシフトしているが、発生学の重要性はずっと変わらないだろう。