2015年7月このサイトでケタミンにより下辺縁皮質領域の興奮が高まり、またこの領域を活動させるとうつ病が治ることを示した論文を紹介した(http://aasj.jp/news/watch/3687)。ただ、この研究で特定された領域は、ケタミン注射により興奮する領域で、ケタミンがグルタミン酸受容体の阻害剤であることを考えると、ケタミンの直接標的ではなかった。
今日紹介する中国・抗州市、浙江大学からの論文は、これまでうつ病の起源領域として証拠が集まっていた外側手綱領域(LHb)の異常興奮がうつ症状の原因で、ケタミンのこの部位への局所投与で症状を抑えることができることを示した論文で、今週号のNatureに掲載された。タイトルは「Ketamine blocks bursting in the lateral habenula to rapidly relieve depression(ケタミンは外側手綱領域の連続的興奮を抑制してうつ症状を改善する)」だ。
研究では、最近うつ病の原因領域として注目されたLHbに最初から決めて研究を行い、まず遺伝的に学習性無力症をおこすラットモデルを用いて、LHb局所に少量のケタミンを投与する研究を行い、このラットのうつ症状が改善することを確認した後、詳しい実験を行っている。結果をまとめると、
1) ラットうつ病モデルのスライスを用いてパッチクランプで神経興奮を調べると、LHb領域でバーストと呼ばれる連続的神経興奮が高まっている。
2) うつ病モデルのLHb神経では静止期の膜電位が過分極している。
3) この連続的神経興奮はグルタミン酸受容体依存性で、ケタミンにより抑制される。
4) 静止膜電位のレベルはT-VSCCカルシウムチャンネルとリンクしており、この機能を阻害剤で抑制すると、LHbの連続的興奮が治まり、抗うつ効果が得られる。
5) 光遺伝学的に、LHbの連続的興奮を再現すると、うつ病症状が現れる。
同じ号のNatureに合わせて投稿された論文で、この静止膜電位の分極を決めているのがアストロサイトのカリウムチャンネルKir4.1であることを明らかにしており、少なくともこのモデルでのうつ病の神経生理学的背景の全体を解明したと言っていいだろう。この状態の転換を引き起こす神経学的要因の特定が次の問題になるだろう。
もちろん、人間のモデルで同じことが起こっているのかはわからない。しかし、ケタミンの効果を考えると、その可能性は高い。場所が特定できれば、自ずと人間の研究も進むので、このモデルが正しいかが確認されるのは時間がかからないと思う。
中国は論文引用数で2位に躍進したことが科学者の間で話題になっているが、もう一つ重要なのは、優れた論文が北京や上海からだけでなく、地方の多くの大学から発表されていることだ。先日紹介した臨床に基づいたガンの間質についての研究は中山大学からだった。このように高いレベルの研究が様々な場所で行われるようになった中国の勢いは当分止まることはないだろう。