Natureとその姉妹誌に掲載された特集論文は全部で5報になるが、一応通読したので、今日から2回に分けて、普通あまり考えることのない、思春期の問題をこれらの論文に示されたデータを見ながら考えてみたい。
5論文のタイトルはNature(2月22日号)が、
1)Importance of investingating adolescence from developmental science perspective(発達の観点から思春期を研究する重要性)
2)Dynamics of body time, sociall time and life history at adolescence(思春期の生命史での体の時間と社会の時間)
3)Adolescence and the next generation(次世代と思春期)
Nature Neuroscienceが
4)Studying individuall differences in human adolescent brain development(人間の思春期脳発達での個体間の違いを研究する)
Nature Human Behaviourが
5)Male antisocial behaviour in adolescence and beyond(男性の反社会的行動:思春期とその先)
自身を振り返ってみても、小学校高学年から大学に至るこの期間の重要性はよくわかる。正直、大学紛争も含めこの時期、多くの経験をし、個人的には恵まれていたと思う。その意味で、今回新たにこの時期の研究についての総説をまとめて読んでも、この時期が重要であること以外全く新しい考えに出会えたというわけではなかった。とはいえ、自分が漠然と考えている重要性の根拠が幾つかのデータで示されていること、そして全体に科学的研究がまだまだ足りていないという焦りは共有されているように思った。
従って、例えば教育を考えている方々がこれらの総説を具体的資料として使う目的には、よくまとまった企画だと思い紹介する。
例えば、私たちは思春期に子供が一段と大きくなるという経験をし、「おまえ随分大きくなったな」というのは表現の定番だが、1)の論文ではこの生物学的背景を概説した上で、生物学的理解に基づいて考えることの重要性を強調している。
ホルモン(特にテストステロン)の急速な上昇が思春期の引き金になり、これにより男女共に体の成長速度を一時的に増加する(もちろんこれに伴い2次性徴も現れる)。大事なことは、身体と脳がこの時同時に変化し、協力して心身の発逹を形成することだ。すなわち、同じ引き金が神経回路形成時のシナプス形成様式を変え、大人と比べると神経結合を作ったり壊したり、スパインと呼ばれる構造の消長が激しくなる。この過程を通して、最終的に安定した神経結合が形成されることが、この時期の細胞学的基礎になっている。
この基礎の上に、前頭葉で抑制性の介在神経が増えやすくなる。またマクロの回路レベルでは、扁桃体や腹側被蓋野の感情を司る領域と前頭前皮質の結合が強化される。
重要なのは、カエルで言えば変態に相当する、心身に起こる大きな変化の時期に、私たちは様々なことを学習する。学校で習う抽象的知識だけでなく、友達や大人との付き合いを通して得る経験がこの時期の脳回路の質を決めることになる。
この過程の変化を箇条書きにすると、
1) 身体的成長の加速と、それに伴う代謝の亢進、
2) 新しいことや興奮を求める傾向の高まり、
3) 睡眠と循環の大きな変化、
4) 自我が芽生え、より良いステータスを求め、尊敬されたいという気持ちが高まる。
5) 社会との交流への動機が生まれる。
6) 目標が定まってくる。
おそらくほとんどの人はこのことをご存知だと思うが、教育を議論する場で、個人的な経験だけではなくより科学的立場に立った議論が必要で、シナプスの変化など、実際に理解することでより実質的な議論が可能になると思う。
例えば米国では3)に合わせて、学校の開始時間を遅らせる動きがあるし、4)に基づいて、先生も生徒を一人前の人格として尊敬を持って接するように指導される。さらに、5)で言えば、チーム学習は効果があるし、逆にいじめは4)、5)の活動を抑制し、結局6)のゴールをいじめている相手に対する死を持っての抗議に変えてしまう。
逆に言うと、この時期は身体的な問題が脳に影響しやすい。Nature Neuroscienceに掲載された論文4)では、この時期の脳の発達の個人差が大きいことを題材に、身体と精神が統合した発達環境を提供することが我々大人の責任であることを示している。
大脳皮質の神経が集まった灰白質は生後の発達期に厚みを増すが、思春期に入ると急速に低下する。逆に、神経の繊維が集まる白質は増加を続ける。これは、論文1)で紹介した、シナプス形成の消長が高まり、安定したシナプス結合が選ばれる結果を反映していると思う。問題は、この思春期の変化に大きな個人差があることだ。特に論文1)で指摘された領域の個人差が大きいことが、発達期の脳を追跡したコホート研究で明らかになっている。
もちろん既に知られているように、この過程で形成される性格や能力の個人差も大きい。例えば、機能と構造を機能MRIで調べた研究から、リスクを取る能力は上に示した回路の発達と深く関係し、個人差が大きくなることを示している。
重要なのは、この差を生み出す要因として、子供の置かれた社会経済環境がある点だ。貧困家庭ではこれらの回路の形成が強く抑制されることを示す明確なデータが存在する。例えば、怒った顔を見せられた時の前頭前皮質と扁桃体の反応は、貧困家庭の子供ほど高い。すなわち、感情を抑えることがうまくいかない。これも論文1)で示された抑制性の介在ニューロンの発達に関係していると思う。この結果、仲間外れにされた時の反応も過剰になることも示されている。
ただ、これらの反応は、育った文化によっても大きく影響される。従って、文化の影響を理解することは、新しい教育メソードの開発に寄与する可能性が大きい。
長くなるので詳細は省くが、個人差、即ち私達が性格や能力と呼んでいるものの多くが、思春期の環境で決まることは間違いがない。思春期に心と身体が統合される過程を理解する鍵は、社会経済的環境、仲間との交流、そして文化と言えるが、これを総合的に理解するための研究こそ、少子化と貧困が問題になる我が国に求められる重要な課題であることを確信する。
明日は、残りの3論文(論文2、3、5)を紹介する。
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