今日紹介するソーク研究所からの論文は、ビタミンD(VD)が膵臓β細胞を炎症やストレスから保護し、糖尿病の治療標的として用いる可能性を示した論文で5月17日号のCellに掲載された。タイトルは「Vitamin D switches BAF complexes to protect βcell(ビタミンDはBAF 複合体をスウィッチさせてβ細胞を保護する)」だ。
この研究は極めて重厚で総合力の高い研究で、読み終わって著者を見直すと、核内受容体研究のパイオニアR.Evansの研究室からで、なるほどと納得した。
研究ではインシュリンを分泌するβ細胞の維持に関わる分子をバイアスなしに探索する研究から始まっている。ソーク研究所はiPSの研究も盛んで、これを利用してヒトiPS由来のβ細胞からCRISPR/Cas9を用いて遺伝子を網羅的にノックアウトし、細胞の生存に必須と思われる分子のトップランクにビタミンD受容体(VDR)があり、この分子がIL-1による炎症性のストレスからβ細胞を保護することを発見した。これが発端で、VDが糖尿病に一般的に関わるという発見がこの論文の第一のメッセージだ。
しかしもっと面白い現象がメカニズムを追求するうちに明らかになる。VDR受容体と結合する分子を調べると、なんとBAF複合体の一つBRD9と、PBAF複合体のメンバーBRD7と結合することがわかった。BAFとPBAFはともにヒストン修飾を通して染色体を調節するが、BAFは染色体を閉じて転写を抑える方向、PBAFは染色体を開いて転写を高める方向に働くことがわかっている。VDRがこれら両方に関わるということは、VDによりVDR結合サイトの染色体の構造を閉じたり、開けたりする可能性を示唆している。
さすが核内受容体のパイオニアと言える膨大な実験を行なっているが、詳細を省いてまとめると次のようになる。
1) BRD9はVDと結合とは関係なく、VDRの91番目のアセチル化されたリジンの存在する領域と結合する。
2) BRD7はVDと結合したVDRのやはり同じ91番目のアセチル化リジン領域に結合する。すなわち、VDRの同じ領域をBRD9とBRD7が競合し、VDが存在するとBRD7の結合が高まり、BRD9は遊離する。
3) 以上の分子構造から想像されるように、VDが存在するとVDR結合部位の染色体構造は開く。
4) しかし、染色体を閉じる働きを持つVRD9はVDとは関わらずVDRに結合しているので、VDの効果を上げるためにはBRD9がアセチル化リジンを認識するブロモドメインを選択的に抑制する阻害剤を加えると、完全にBRD9がVDR結合領域から追い出され、VDの効果が高まる。
5) VDR結合部位の染色体が開くと、細胞をストレスから守る多くの分子の転写が長期間続く。
以上のメカニズムを明らかにした上で、最後は様々な糖尿モデルで、原因に関わらずVDとBRD9阻害剤の組み合わせがβ細胞を守ることを明らかにしている。繰り返すが、iPSを用いた実験系の構築から、分子メカニズムの解析、そして治療手段の全臨床研究と、普通なら何編もの論文になるデータがつまった大変な研究だと思う。Evansも随分な歳になったと思うが、この仕事は自身の経験と若い考えが融合した研究の典型だと思う。