炎症説を取る場合も、その原因には諸説あるが、免疫反応が関与すると考える人たちもいる。もしこれが正しいとすると、当然免疫反応を抑える調節性T細胞(Treg)を高めれば、病気の進行を抑える可能性が出てくる。実際マウスのALSモデルで、特異性を気にせずTregを増やしてマウスに注射すると、病気の進行を遅らせることが示されている。また進行の早い実際の患者さんではTregのマーカーFoxP3が上昇していることも知られている。
Tregは言わずと知れた、現在大阪大学の坂口さんの発見した細胞で、この細胞を診断や治療に使おうと、現在も多くの研究が進んでいる。もしTreg を注入するだけでALSの進行が少しでも遅らせられるなら、ALSはTreg発見が早くトランスレーションされた一つの例になると思う。
今日紹介する米国ヒューストンのメソジスト大学神経科学センターからの論文は、なんとマウスモデルで前臨床試験が終わったとして、実際のALS患者さん3例に、自己のTreg を移入する治療を行った第1相試験の報告で7月号のNeurology: Neuroimmunology & Neuroinflammationに発表された。タイトルは「Expanded autologous regulatory T-lymphocyte infusions in ALS(増殖させた自己調節性T細胞を 患者さんに移入する)」だ。
遺伝的要因の存在しないALS患者さんが三人選ばれている。それぞれALSの進行度を示すAALSスコアが162ポイント(最も症状が重い)のうち、50、65、68で、全て正常の30を超えているが、まだ初期段階を選んだと思う。
次に、注射するTregだが、患者さんの末梢血からTregを前以て調整、試験管内で増殖させている。こうして調整したTregを2週間おきに8回に分けて体重1Kあたり百万個注入している。3人ともこのプロトコルを最後まで完遂するだけの細胞数のTregが得られており、難しい治療方法ではなさそうだ。あと、注入後1週間に3回IL2を皮下注射し、体内でもTregの増殖を促している。
第一相試験の最も重要なポイントは、安全性だが、正直免疫反応が全体に抑えられることによる副作用は覚悟する必要がある。事実全員が何らかの感染性の炎症を経験し、特に脳神経症状が強い2番目の患者さんは誤嚥性肺炎を併発、50周目で治療を中断したが最終的には肺炎で亡くなっている。
全ての患者さんで、細胞移植後末梢血Treg数は上昇しているが、注射をやめると低下する。
さて肝心のALSに対する効果だが、注射を継続している間は確かにAALSスコアでみた進行が遅れていることから、著者らはポジティブな結果だと結論している。ただ、期間全体で見ると病気は確実に進行しているので、少しだけ進行を遅らせた程度の効果と言える。
以上が結果のすべてで、著者らはこの結果で十分第2/3相の臨床試験への基礎が固まったと考えている。今回は、全く無作為化されたコントロールをおいた実験ではないので、そのまま期待するわけには行かないことから、次の段階の試験を待つしかない。ただ、今後病気を防ぐ特異的Tregを特定し、増幅する可能性が生まれれば、かなり期待できるのではと個人的には考えている。幸い6月Tregの発見者坂口さんを呼んでシンポジウムを計画しているので、その際ぜひ可能性についての意見を聞いて見たい。