ES/iPS細胞は身体のあらゆる細胞へ分化できる。ただ、細胞が出来たからと言って、正しく構造化された組織や臓器が造れる訳ではない。ただ、臓器形成する未熟な細胞を取り出して、その細胞が本来持っている自然の力をうまく引き出してやると、臓器様の立体構造を形成する事が知られており、我が国でも盛んに研究されている。例えば理研の笹井さんは大脳立体組織形成に成功しているし、このホームページでも7月4日に紹介したが、横浜市大の谷口さんは肝臓の立体組織形成に成功している。ただ、私自身はこのトレンドについては理解した上で、それでも腎臓の様な複雑な構造は当分できないだろうと考えていた。この予想を覆す仕事が12月13日日経の朝刊で紹介された熊大西中村さん達の仕事だ。(http://www.nikkei.com/paper/article/?b=20131213&ng=DGKDASDG1205K_S3A211C1CR8000 )日経ではこの立体組織構造が形成できた事をそのまま腎臓移植と関連させて記事を書いている。ただ、この論文を良く読んでみると、臓器発生研究のお手本の様な仕事だ。西中村さん達は腎臓構成細胞の発生過程を中間段階の細胞や未熟組織レベルでほぼ完璧に明らかにしている。次に、これらの細胞の分化の各段階を誘導するために必要な因子を、胎児から取り出した様々な段階の細胞を使って決めている。次にマウスES細胞を培養し、先に決めた因子によって狙いの細胞が予想通り誘導される事を調べて、必要な因子の組み合わせが正しい事を確認している。この詳細な検討の仕上げとして、マウスES細胞から立体的な腎臓組織が作成できるか調べ、ついに一定の構造化を遂げた腎組織の形成に成功している。これでも脱帽だが、さらにマウスで得られた知識がヒトでも通用するかヒトiPS培養を用いて検討し、細胞や構造化した組織の誘導に成功したと言うすばらしい結果だ。これまで腎臓組織は簡単ではないと思っていたが、改める必要がある。
さて、日経の記事だが、多分熊大のプレス発表をほとんど使っているようだ。とは言え、記事でも透析に代わる腎移植の話を研究の内容より先に、しかも研究自体の紹介よりはるかに詳しく紹介してしまうと、患者さんの誤解の元になる事間違いない。実際、私自身もさきがけメンバーの仕事に反応した患者さんから、透析は必要なくなるのかと何回か聞かれた経験を持つ。今後記事の書き方を更に工夫して欲しいと思う。また、今回は研究そのものの紹介がほとんどなかった。腎臓の発生過程の詳細を明らかにして始めて組織化された腎臓組織の再構成も可能になる。発生過程の理解をスキップして試行錯誤を繰り返す研究の多い中で、西中村さんの研究は発生の理解を積み重ねて技術に至るというグランドストーリーだ。そんな研究の最も核心部分が記事の中では全て省略されたのは本当に残念だ。
12月13日日経記事 iPS細胞から腎臓組織・熊本大・世界初の立体構造
2013年12月14日