今日紹介するスイスチューリッヒ工科大学からの論文は、細胞を抗生物質の生産基地にして、難治性の感染症を治療しようとする試みで、わかりやすい一方、将来を見通せない凡人に実用性が本当にあるのかちょっと気になる論文だった。タイトルは「Immunomimetic Designer Cells Protect Mice from MRSA Infection(免疫反応を真似るようデザインした細胞はマウスをMRSAから守る)」で、7月12日号発行予定のCellに掲載された。
この研究は抗生物質耐性で治療が難しいメチシリン耐性黄色ブドウ球菌の制圧が目的で、これを細菌が増えた時だけに抗菌物質を分泌するようにした細胞にやらせようとしている。
まずMRSAに対して反応するために、MRSA細胞壁に存在する様々な分子に反応して細胞内にシグナルを伝える自然免疫系TLRのシグナルを用いている。この実験では、TLR2とTLR6遺伝子を導入して、MRSAに反応する細胞株を樹立している。
次に、このシグナルに反応して分泌される抗菌物質としてリゾスタフィンと呼ばれるペプチドを選んでいる。リゾスタフィンは様々な抗生物質に耐性になった細菌にも効果が示すことが知られ、それ自身がペプチドであるため細胞内での発現調節がたやすい。
このようにしてMRSAに反応してリゾスタフィンを分泌する細胞を樹立しているが、現在のところ試験管内で増殖する細胞株なので、免疫系のアタックを受けないようにマイクロカプセルで隔離し、MRSAの感染予防および、すでに感染したマウスの治療に用いられるか調べている。結果は、すでに感染しているマウスを完全に治すことができると同時に、先にカプセルを注射しておくことで新しい感染の拡大を防げるという結果だ。
要するにデザイン通り、遺伝子改変細胞でMRSAを制御できたというめでたしめでたしの結果だ。しかし、読んだあと考えてみると、わざわざここまでする必要があるのかと考え込んでしまう。確かにMRSAは難治で多くの人が苦しんでいる。しかし、結局はリゾスタフィンを使わざるを得ないことを考えると、ドラッグデリバリーを工夫するだけでも良さそうな気がする。
とはいえ、同じようなアイデアをCAR-Tのようにして、新しいドラッグデリバリーに使うのはありかなとも思う。いずれにせよ、この分野は当分にぎやかだろう。
スイスのMartin Fussenegger先生のグループのお仕事ですね。
Synthetic Biology:
2000年に人工遺伝子回路(3種類ほど)できてから研究が本格的に開始され、10年程の地味な研究期間をへて、いよいよ実用化に向けて花開く時期でしょうか?
目が離せません。
論文ワッチ:生命科学のツボが、さりげなく押さえられていて、目利き能力に感嘆いたしております。