これは琥珀に閉じ込められた、なんと9千9百万年、ほぼ一億年前に生息していた昆虫の姿だ。美しいまま、琥珀の中で1億年を過ごして来た。この図は、今日紹介する中国天津にある地層学・古地理学研究所のからの論文に掲載されている。論文のタイトルは「Beetle pollination of cycads in the mesozoic (中生代ソテツの甲虫による受粉)」で、9月10日号のCurrent Biologyに掲載予定だ(オープンアクセスなので誰でも見ることができる:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0960982218308273?via%3Dihub)。
このような鮮明な姿を見ると、DNAからタンパク質まで、琥珀の中で全て保存されているように思うが、間違いなくDNAはすでに情報としての価値を持たない。というより、琥珀の中で50年も経つと、DNAはほぼ分解していることを示す報告がある。
少し脱線するが、マイケルクライトンのジュラシックパークは琥珀に閉じ込められた昆虫から恐竜のDNAを取り出し、それを元に恐竜が復元される話だが、実際にはこれは全くありえない。ところが、この小説が出版された後、ScienceやNatureに琥珀内の動植物からDNAを抽出して配列を決めたという論文が相次いだ。論文に啓発されて小説が書かれるのならわかるのだが、小説に啓発されて論文が描かれるというおかしな現象が起こってしまった。今から考えると、これらの論文は全て間違いだったと言えるが、捏造とは言わないまでも、思い込みで論文が描かれ、それが採択されるというのをみると、いかに捏造議論が難しいかよく分かる。
本題に戻ろう。DNAは分解されても、基質のような安定なたんぱく質は維持されるからそれを琥珀の中の昆虫として見ることができる。この姿からさまざまなシナリオを考えるのが古生物学で、今日紹介する論文の著者らが書いているのも、琥珀の中の昆虫の生きていた当時についての物語だ。
詳細を飛ばして1億年前の琥珀の中にある物語を見てみよう。もちろんDNA情報をもはや再構築させることは出来ないので、すべては形からだけ想像する必要がある。琥珀の中に見える昆虫は現存のparacucujusの仲間で夢中でミャンマーの森を飛び回っているうちに油断して琥珀に閉じ込められてしまった。もがいているうちに、運んできたソテツの花粉が周りにこぼれてしまったようで、左側に小さな花粉が何個も見られる。花粉はと詳しくみると(写真:https://ars.els-cdn.com/content/image/1-s2.0-S0960982218308273-gr2_lrg.jpg)、中央に一本溝が入ったソテツの花粉だ。他の花粉は見当たらないので、この甲虫はソテツの花粉を運んでいた。よく見ると下あごには花粉を乗せて運ぶのに適した構造も持っている。現存の甲虫と比べるとparacucujus属に属することから、この甲虫の名前を、ソテツを好む白亜紀のparacucujus属(Cretioaracycyhys cycadophylus)と名前を付けておこう。 現在のソテツも甲虫が受粉のためのパートナーだ。とすると、この世界ではなんと1億年も変わることなくこの関係が維持されてきたと言える。琥珀の中の世界からこんなことが想像される。
まあ講釈はこのぐらいで良いだろう。このシナリオを頭に、一度琥珀の中の甲虫の姿をじっくり眺めてみると、一億年も短く感じる。