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9月7日:ガンゲノムの変異を解釈するシステム開発の重要性(Nature Cell Biology 8月号掲載論文)

2018年9月7日
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ガンがゲノムの病気であることは間違いないが、「ゲノム」あるいは「ゲノムの変異」という背景には複雑な生化学的プロセスがある。これについてはよくわかっているのだが、一つのガンにこれほど多くの突然変異が集まっていることがわかると、「このガンはRAFとp53か」などと、遺伝子名を列挙しただけでわかった気持ちになる。事実、臨床現場にこれ以上の理解を求めるのは難しいが、背景の生化学的過程を勘案した変異の解釈のできるAIを是非開発して臨床現場で利用できるようにして欲しいと思う。

こんなことを考えたのは、今日紹介するRevolution Medicineという大きな名前の企業の研究所からの論文を読んだからだ。タイトルは「RAS nucleotide cycling underlies the SHP2 phosphatase dependence of mutant BRAF-, NF1- and RAS-driven cancers (RAS nucleotideのサイクルが、BRAF, NF1, そしてRASをガンのドライバーとするガン増殖のSHP2依存性の背景にある)」で先月号のNature Cell Biologyに掲載されている。
私のようなアウトサイダーにとっては、RASの変異によるガンと言われると、どうしても周りの分子の制御から独立して活性化されてしまった状態を想像するが、実際には突然変異の種類により、さまざまな分子調節を受けている。この研究では、RASのさらに上流のシグナル経路にあるSHP2と呼ばれる脱リン酸化酵素をノックアウトすると増殖が低下するガンがあることから、SHP2阻害剤でRAS経路のガンを制御する可能性を詳しく調べてい

まずRMC-4550がSHP2の自己抑制機構を安定化させることでSHP2の活性化を阻害する化合物であることを確認した後、BRAF, NF1, RASのさまざまな変異により増殖しているガン細胞への効果を調べ、薬理作用の生化学的基盤を調べている。そして、メラノーマでよく見られるリン酸化活性がオンになりっぱなしのBRAFではなく、RAS-GTP依存性に2量体を形成する過程の変異が原因で増殖している細胞だけに効果があることを発見する。

次に、やはりRAS-GTP の合成を抑えるNF-1の欠損細胞株についてRMC-4550の効果を調べると、期待通り増殖が抑制される。そして本丸RASの変異についても調べ、驚くべきことにKRASの12番目のアミノ酸グリシンが変異したガンだけで強く抑制がかかることがわかった。即ち、このタイプのRAS変異はSHP2依存的に活性化が維持されていることがわかる。

RASはGDP型とGTP型を変換させてその活性が調節されているが、以上の結果から、活性型のRAS-GTPの上昇に依存して増殖するガンでは、SHIP1阻害剤が効果が見られることがわかった。そこでSHP2と、RAS-GTP上昇の関わりについて調べ、増殖因子シグナルによってSOSが活性化されRAS-GTPを合成する過程にSHP2が必要で、この過程の阻害によりRAS-GTP 濃度が減少し、増殖が低下すると結論している。上流のメカニズムはともかく、RAS経路の変異の中には、RAS-GTPの量に依存性のガン細胞が一定程度存在し、SHP2阻害はすぐ使える治療薬になる可能性を示している。

データを詳しく見ると、この薬剤が効いても、さまざまな新たな変異により耐性が簡単に生じるような印象を持つ。また、がん移植モデルで効果を調べてはいるが、人間で使えるのかを確認するには時間がかかるだろう。しかしながら、この研究を読んで、一つ一つのガンが抱える様々なゲノム変異をできるだけ正確に解釈するアプリケーションの開発が必要だとつくづく思った。でないと、ガンゲノムをいくら調べても、それを治療に結びつけることができる患者さんは限られたままになる。ゲノムも重要だが、このようなインフォーマティックス、それもユーザーフレンドリーなインフォーマティックスの開発にも是非重点を置いた支援が必要だと思った。

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