これに対し今日紹介する論文を発表したスイスチューリッヒ大学を中心とする研究グループは長年にわたってヒトMS患者さんの自己免疫反応を直接研究しようと、試験管内の実験系を模索していたようだ。その中で、MSの最も強いリスクファクターとしてのクラスII抗原、HLA-DR15を持つ患者さんの末梢血が、抗原を加えないで培養しても自然に増殖する事を見出す。この現象からスタートして、MSの中枢神経系へと浸潤するT細胞が、抹消でT/B細胞の相互作用を通して準備される可能性を示したのがこの研究で9月20日号のCellに掲載された。タイトルは「Memory B Cells Activate Brain-Homing, Autoreactive CD4 + T Cells in Multiple Sclerosis m(多発性硬化症では、メモリーB細胞が自己の脳に浸潤するCD4T細胞を活性化する)」だ。
研究ではまずCFSE法でラベルしたMS患者さんの末梢血を培養し、増殖している細胞のほとんどがB細胞とT細胞のリンパ球であることを確認し、また病気の収まっている時期でも、末梢血の自然増殖反応が見られること、また同じHLAでも他の自己免疫病では見られないことを確認し、末梢血の自然増殖がHLA-DR15を持つMSの重要指標である事を明らかにする。そして、この反応のメカニズムを解析し、以下の結果を得ている。
1) 反応は自然に起こるが、HLA-DR15を強く発現するB細胞(自己ペプチドが提示されている)と、それに反応するT細胞受容体(TcR)を会する反応であること。
2) CD4T細胞を刺激するHLA-DR15を強く発現するB細胞はメモリータイプで、このB細胞の増殖はBTK依存性、CD40非依存性に増殖している。従って、BTK阻害剤イブルチニブはMSに効果がある可能性がある。
3) 自身も増殖するメモリーB細胞はHLA-DR+何らかの自己ペプチドでT細胞の増殖を誘導する。従って、MSにメモリーB細胞を除去するリツキサン(抗CD20抗体が効くのはB細胞によるT細胞の刺激が無くなることが背景にある可能性が高い。事実、著者らの実験系でも、リツキサンは自然増殖を抑制できる。
4) 脳の組織を調べて末梢血と比べることができた2人の患者さんでは、末梢でメモリーB細胞により活性化されるT細胞と同じTcRが脳でも多く検出され、抹消で刺激されたT細胞が脳へ移行していることがわかる。
5) すなわち、脳での炎症が抑制されていても、末梢で脳へ浸潤するT細胞が準備され、いつでも脳へ移行するとすると、抗インテグリン抗体で脳への移行を止めていた患者さんが急に抗体療法をやめると、強い炎症が再発するのも、その間に活性化T細胞が末梢で準備されていたからだといえる。
6) この研究の圧巻は、この自発的増殖に関わる自己ペプチドをRas guanyl releasing proteinファミリー分子であると特定した事で、このうちRASGRP2はB細胞にも神経細胞にも発現していることを明らかにしている。 もちろん、この抗原以外にも従来考えられていたように、ミエリンタンパク質に対する自己反応性のT細胞も存在するのは間違いないと思われるため、RASGRP2への反応と、ミエリンタンパクへの反応がどのような関係にあるのか、またHLA-DR15以外のケースでも同じようなメカニズムがあるのかなどさらに調べる必要がある。しかし、この結果が一般的な現象なら、MSの自己免疫反応のメカニズム理解に大きな変化をもたらすように思う。もしこれが正しいとすると、MSは末梢で十分対応できる疾患になる。早い進展を期待したい。」