こう考えると、このテクノロジーは区別が難しい細胞の種類ほど力を発揮できる。その意味で、見た感じは普通の線維芽細胞と見分けがつかない間質細胞を分類するのに最適のテクノロジーと言える。今日紹介するオックスフォード大学からの論文は、腸管上皮を裏打ちしている間質細胞にこの方法を応用して、上皮細胞のニッチとしての間質細胞も働いている事を示した論文で10月4日号のCell に掲載された。タイトルは「Structural Remodeling of the Human Colonic Mesenchyme in Inflammatory Bowel Disease(人間の大腸の間質細胞は腸炎により構造的に変化する)」だ。
この研究では、正常人および炎症性腸疾患の大腸鏡検査時にバイオプシーで得られた腸組織から上皮や血液を除き、残りの細胞のsingle cell transcriptomeをプロファイリングしている。その結果、明らかな血管周囲細胞や、筋線維芽細胞に加え、4種類の特徴のある間質細胞を特定することに成功している。さらにこの中から、Sox6を発現しているS2と名付けた間質細胞が上皮細胞のニッチとして働いていることを、発現遺伝子とその組織局在から明らかにしている。ただその他の集団の本態については、まだ解析途中といった段階だ。
このニッチ間質細胞の特定がこの研究のハイライトで、実際にマウスの間質細胞集団も同じように解析して、S2は種を超えて保存されていること、またマウスの系を用いて試験管内で、S2間質細胞が上皮幹細胞の維持に関わっている事を示している。今後は、マウスを用いてさらに詳しい研究が行われるだろう。また、同じ研究手法は、毛根を始めほぼ全ての組織に存在する間質細胞ニッチの解析に使われているだろう。これまで私たちが間質細胞、あるいはストローマ細胞として一括りにしていた細胞集団が、どのように分類されていくのかを考えると興奮する。この研究でも、それぞれの間質細胞集団の分化過程の系統樹が出来上がっており、この系統樹がより詳細になっていくと思われる。
この研究では、これらの間質細胞サブセットが、炎症によりどう変化するのかを調べ、炎症によりS2が低下する代わりに、S4が上昇することを示している。S2がニッチとして正常上皮を支え、また基底膜の産生して腸上皮のバリア機能を維持していることから、S2の低下は腸の上皮構造の破壊を招くことになる。一方、S4は普通にはあまり存在しない集団で、リンパ球を局所に移動させるケモカインを分泌する炎症促進型の細胞で、面白いことに腸上皮を静止期に誘導する働きを持っている。炎症が上皮幹細胞を静止期に誘導するとは全く考えたことも無かったが、もしそうならS2で支えられる増殖幹細胞システムの中に、正常でもほんの少し存在するS4が静止期幹細胞を誘導するニッチを作っている可能性すら示唆している。解析が待たれる。
いずれにせよ、これまで間質が炎症の一つの中心として働くとするモデルが確認されたことになる。しかし炎症も急性、慢性、さらには特殊な炎症と、いろいろだ。この点でも、今後炎症組織の間質細胞の分類が進むと期待される。
私は現役時代、ストローマ細胞に焦点を当てて、炎症や発生を見てきたため、この研究は特に印象が強かった。これまで自分が知りたいと思っていたことが、加速度的に明らかになっていく予感がする。おそらくこの分野は、全く新しい展開を遂げるのではないだろうか。特にプロファイリングは分子発現と直結する事から、特定の支持機能だけを失った間質細胞を作ることも可能になるだろう。Single cell profilingの威力はすごいが、しかしこれは始まりに過ぎないことがよくわかる。
免疫組織の肉眼顕微鏡では、同じと判定される間質細胞。遺伝子レベルでは異なることを明らかにできる。
驚異的です。