それでも新しい話が尽きることがないようで、今日は私たちの記憶にRNAメチル化がどのように関わるかを明らかにしたシカゴ大学からの論文を紹介する。タイトルは「m 6 A facilitates hippocampus-dependent learning and memory through YTHDF1(アデニンのメチル化はYTHDF1分子を介して海馬での学習と記憶を促進する)」だ。
メチル化RNAはさまざまな細胞過程に関わるが、最近の研究でYTHDF1分子と結合して、翻訳の促進に関わることが知られている。この研究の目的は、この翻訳促進機構が脳内でも働いていることを示すことで、そのためにYRHDF1遺伝子のノックアウトマウスを作成し、その脳機能を調べるところから研究を始めている。ある意味では、ノックアウトマウスの解析という至極古典的な研究だ。
もちろん、YTHDF1の発現は脳内、特に海馬の神経で高い発現が見られるが、ノックアウトマウスは正常に発生し、海馬の解剖学的構造も特に変化はない。しかし、文脈依存性記憶が強く障害されている。一方扁桃体が関わる音の刺激による恐怖記憶は犯されていない。これらの結果から、海馬が関わる学習と記憶はYTHDF1ノックアウトマウスでは選択的に障害されていることが明らかになった。
次にこの変化の生理学的背景を調べ、神経結合部のスパインが減少することによる長期記憶が低下していることがわかった。そして、これらの異常が全てYTHDF1欠損によることを、同じ遺伝子を海馬に導入する回復実験を行い、証明している。
そして最後に、これらの生理学的変化を、メチル化RNAおよびYTHDF1の機能と関連づけるため、まずYTHDF1に結合するメチル化RNAにはシナプスや記憶に関わる分子が濃縮しており、これらの分子は正常では神経刺激とともに合成が高まるが、YTHDF1ノックアウトマウスではこのような上昇は見られない。また、レポーターを用いた実験で、神経刺激後比較的遅い2−4時間でこのような上昇が見られることが明らかになった。以上のことから、メチル化されたRNAはYTHDF1と結合することでおそらく安定化し、この結果同じmRNAから合成されるタンパク質が増加することを示している。
以上、タンパク質の合成の本当のファインチューニングにもメチル化RNAが関わるという話だが、脳を維持するにはこれほど繊細なコントロールが必要かと思うと、脳を守ることの難しさが実感される。